第301話「???-11」
「き、汚い……流石ハルハノイきたない。幾らなんでも汚すぎるだろうに。これで私は……」
『クラーレ』でもなければ、他の何処かの世界でも無い場所。
四畳半ほどの狭い和室の中で、『神喰らい』エブリラ=エクリプスは若干頬をヒク付かせつつ、手にした双眼鏡を目から離し、独り言を呟いていた。
『何をしている?』
「あ、『狂悪者』お母様」
そんな中、周囲に人影が一切存在しないにも関わらず、何処からか少女のものと思しき声が聞こえ、その声にエブリラは朗らかな笑顔を浮かべて返事をする。
「いえいえ、ちょっと問題が発生しただけです(いやまあ、確かに破壊力と言う点においては、間違いなくハルハノイ自身の攻撃よりも明らかに格上だけどさぁ)」
エブリラは口では『狂悪者』への対応をしつつ、頭の中ではハルが【シンなるオウ】を宿した肉塊との戦いの結末に対する感想を呟く。
『問題だと?』
「はい。現在の本命であるハルハノイなんですけど、どうにも【シンなる央】の取得に失敗したようなんです(だからと言って、そこで『守護者』お母様の名前を呼んで呼び出すとか、私だって……まあ、うん、やりはするけど……楽だし)」
『なんだと!?』
「どうにも、現地の人間が無理やり読み込んで暴走させた挙句、『狂悪者』お母様の仕込みが暴走してしまったみたいですね(でもだからと言って、やっていい事と悪い事が有るでしょうが!そんなのは最終手段で、まずはやれるだけの事をやってから選択するべき方法でしょうが!)」
『ちっ、面倒な事になったな。あれが発動すれば、確実に『守護者』を仕留めに行かせられたものを』
『狂悪者』の姿は相変わらず見えない。
が、その声は明らかに苛立っており、彼女がハルハノイを道具としてしか見ていない事が良く分かる声音だった。
「ははははは、そうでもありませんよ。『狂悪者』お母様」
対するエブリラは姿は見えずとも、何処に『狂悪者』が居るのかを正確に把握しているらしく、朗らかに笑いながら、語りかける。
「あの子があの世界で何を望むにしても、『守護者』お母様との対決は絶対に不可避です。そうなるように状況がなっていますから(ああもう、どうしてあんな性格になっちゃったのかなぁ……あの子の人間の両親には凄く真っ当な夫婦を選んだはずだし、人格関係に関しては私は一切手を加えていないはずなのになぁ……)」
尤も、笑顔の裏でハルハノイに対する嘆きの感情を思う存分ぶちまけながらだが。
『不可避だと?』
「ええ、ミアズマントを殲滅する。瘴気を晴らす。と言うのが目的なら当然『守護者』お母様と戦う事になりますが、都市を守るにしても何時かは戦わざるを得ませんし、別の世界に逃げ出す為にも『守護者』お母様が張っている結界を抜ける必要が有りますから、戦って倒さなければなりません(理解できないと言えば、あの無尽蔵と言ってもいいアッチ方面もだよねぇ)」
『戦力は足りているのか?』
「ご安心を、パーツが一つ欠けるぐらいなら、十分に想定の範囲内です(本当にどうしてああなったんだろう)」
『奴の寿命が尽きた場合にはどうするつもりだ?』
「ちゃんと子孫にも能力が引き継がれるように作ってありますので、ご安心を。むしろ戦力と言う意味では、子供たちの世代の方が充実しているかもしれませんね(確かに子供を作らせるために多少強化した覚えはあるけど、常識的な範疇に収まる程度に抑えたつもりだったんだけどなぁ)」
二人の会話は淡々と……傍目から見ればエブリラが独り言を呟いているように見える姿のまま続けられる。
『まあいい、私にとって重要なのは『守護者』の奴を滅ぼし、あの門の向こうに行く事。ただそれだけだ。それさえ果たせるのであれば、他はどうでもいい』
「まあ、『狂悪者』お母様はそうですよね(はっ!?アレか!これもまたヤタとか茉波とかメラルドみたいに、人間たちの間に時たま現れる特異存在。俗称、人間(笑)と言う奴か!ヤダー!アッチ方面の特異存在とかただの全女性の天敵じゃないですかー!)」
『お前だってそうだろう?エブリラ。お前は、私の望みを叶えるために造られた存在だ。お前は私の為に存在している』
「否定はしませんし、出来ませんねー(うーん、今回の件が終わったら、ハルハノイの去勢手術も割と真剣に考えておかないと拙いかなぁ……一応、母親として心情的には息子の去勢手術なんてやりたくはないけど、抑えられる人間が居ないなら、やるしかないよねぇ)」
『だろうな。では私はまだもうしばらく寝ているとしよう。肉体を確実に制御するためには力を蓄えなければならないから……な……』
「はいはーい。お休みなさいませー(まあ、全ては終わってからの話。まずは私が造られた目的を果たさないとね)」
『狂悪者』の声が途切れると同時に、気配も消え失せる。
それに合わせるように、エブリラの表情から笑顔が消え、何処からともなく薄い板状のものを取り出すとそれを操作し始める。
「あ、もしもしトッキー?ちょっと頼み事が有るんだけどいいかな?」
そして、『神喰らい』は動き出す。
『狂悪者』の思惑とは別に、己が役目を果たすべく。
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