第283話「M5-1」
「ふむ……」
俺たちが『ナントー診療所』を調べてから一週間が経った。
俺たちが捜査で得た情報の衝撃は大きく、各都市は今までよりも明らかにドクターの捜査へ力を入れ始めた。
が、ダイオークスを初め、各都市の治安維持を担当する人間たちはドクターを探すべく懸命の捜査を続けたが……うん、今のところドクターは見つかっていない。
「まあ、当然の結果ではあるな」
「だよね」
まあ、よくよく考えてみれば相手はイヴ・リブラ博士と同様に異世界転移技術を有しているであろう存在。
おまけにこの一から十に至るまで管理されているはずの世界において、三百年間その正体や異常を知られることが無かったような存在だったのだ。
人間がどれだけ集まり、策を練って探し出そうと思っても、探し出せないような相手なのかもしれない。
それこそ、別の世界に逃げられたら、現状だとそれだけで詰みだしな。
「ま、この件については担当の人たちに任せるとして、問題はこっちだな」
で、ドクターの件はここまでにしておくとして、これだけの時間が有れば、進展が有った話も当然ある。
「『崩落猿』については要監視……と」
「まあ、妥当な所だろうね」
まず『崩落猿』については、ファーティシド山脈を何度か調査した結果として、ファーティシド山脈及びダイオークスと『テトロイド』の周辺には居ないと言う判断が下された。
が、ファーティシド山脈には依然として大量のミアズマントが生息しているので、警戒対象であることに変わりはないらしい。
なお、『崩落猿』が何処に行ったのかについては、ワザと触れられていないようだった。
まあ、死んだものとは思わない事と但し書きが付いている時点で、依然警戒は緩んでいないのだが。
「それでもう一つの方は……」
で、もう一つの案件。
『崩落猿』と俺が戦闘をしている最中に俺を狙撃してくれた男たちについてだが……。
「口を割ったんだね」
「口を割ったと言うか、ようやく自分の状態を理解したと言うべきかもしれないがな」
「いずれにせよ、これで状況は大きく動き出す事になります」
こちらについては状況が大きく動いている。
「所属は予想通りでしたね」
「まあ、他にハル様の命を狙う所なんて無いよね」
彼らは、自分たちを縛っている物……俺の鱗を利用した監視兼処刑装置が無くなっている事を理解し、更に自分たちが死んでいると向こうに思われている事、人質にされていた人物の無事、それに俺たちの側に監視装置を付けられている人間が居ない事を確認すると、自分たちの知っている情報を俺たちに快く提供してくれた。
「所属はノクスソークス」
「クーデターが発生する前は、外勤部隊だった」
「特にハル君を撃った人は元隊長さんだったんだね」
「そりゃあ腕がいいはずだよなぁ……」
まず彼らの所属は大方の予測通り、ノクスソークスだった。
そして、彼らが言うには現王が即位するきっかけになった前王の死去だが、実はクーデターであり、前王は現王とその周囲の人間によって殺されたのだと言う。
で、その後はまるで魔法か何かでもって、誰が何処に居るのかを全て把握していたかのような早さでクーデターが進み、反対派を制圧し、恐怖と暴力による独裁を成立させてしまったのだそうだ。
と言うわけで、彼ら曰くその際に他の都市へ亡命していた人たちは、ワザと逃がされたか、工作員だったかの二択だったとの事。
「しかし、ノクスソークスは酷い状況みたいだね」
「そうだね。でも、こんな事をしてどうするんだろう……」
「目先の欲を満たす事にしか興味が無いのでしょう。今まで滅びてきた都市にも有った、典型的な症状かと」
さて、独裁成立後のノクスソークスだが、まあ、だいたいは以前ソルナに聞いた通りの状況だな。
王に反する者は苦しめられ、場合によっては殺される。
王に迎合する者は得をし、王の威を背景に好き放題している。
まあ、ある意味では秩序立っているな。
退廃的な意味での秩序だが。
「てか、目的は世界征服って……」
「本気で言っているとしたら、残念過ぎるよね」
「と言うか、今の世界でする意味って……」
「ぶっちゃけ、意味なんてないと思う」
そんなノクスソークスの目的は世界制服。
うん、大爆笑してもいいですか?
そんな妄言は、せめて『虚空還し』の瘴気を恒常的になくす方法を考えてから言ってください。
イヴ・リブラ博士にも現状出来ていないような課題ですが。
「ん?」
「どうしたの?ハル君」
「いや、何でもない」
と、他の面々に渡されたこの件に関する資料はダイオークスの目的部分で終わりだったようだが、俺に渡された資料にだけはまだ続きがあり、そこにはこう書かれていた。
『異世界人たちがこの世界にやってきたとされる時期からおおよそ一月後から、ハル・ハノイの鱗を利用した監視と処刑が行われ始めた模様。また、その時期から王に親しい何人かの人間の配置が変わり、王の傍には常時仮面とフードを付けた赤紫色の目の怪し気な人物が一人加わった』
これはまあ……そう言う事なんだろうな。
時期的には合致するしな。
「ま、躊躇う必要は無い……な」
俺は続けて書かれていた命令部分に目を通すと、無意識に右手を握りしめながら、誰にも聞こえないようにそう言った。
11/29誤字訂正