第281話「ドクターナントウ-3」
「ダイオークス26番塔外勤部隊第32小隊の方々に、フィーファ・エタナ・アグナトーラス様とエイリアス・ティル・ヤクウィード様ですね」
「その通りだ」
『ナントー診療所』の前には治安維持部隊と思しき人が二人ほど立ち、診療所の周囲には黄色い規制線が張り巡らされていた。
うん、本当に今のドクターは犯罪者扱いなんだな。
「では、念のために書類の方をお願いします」
「分かった」
シーザから書類を受け取り、受け取った人物は何度か端末を動かして、書類の内容などを改めていく。
「確認取れました。ご協力、よろしくお願いします」
「言われなくとも」
「では、中へどうぞ」
俺たちは治安維持部隊の人の案内に従って規制線をくぐり、診療所の中に入る。
「調査完了の際には、必ず我々に声を掛けてください。幾つか確認しなければならない事が有りますので」
「分かった」
そして、俺たちが全員診療所の中に入ったところで、外に繋がる扉は閉められた。
「さて、それでまずは何処から調べる?」
「入口近くの部屋から順にじゃダメなの?」
「あー、診療所部分については後回しでもいいかもな」
「と言うと?」
さて、これから調査を始めるわけだが、調査を始める前に優先して探すべきエリアぐらいは定めておくべきだろう。
と言うのもだ。
「診療所部分には俺はもう入った事が有るからな。仮に診療所部分に何か隠されているなら、その時点で何かしらの反応が有ると思う」
「なるほど」
「そうでなくとも、診療所部分は不特定多数の人間が頻繁に出入りし、動き回る部分だからな。何かを隠すには不適当な場所だろう」
「じゃあ、私室エリアが先ですね」
と言うわけで、優先して探すべきは診療所部分では無く、ドクターの私室に当たる部分である。
さて、一体何が見つかるんだろうな……。
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「うわぁ……」
「流石はドクター」
「歪みないね……」
「資料を見た時はまさかと思いましたが……」
「ドクターだから仕方がないんじゃないかな……」
「頭が痛くなってきた」
「良く揃えたよねぇ……」
「……」
「とんでもないですね」
「興奮してきたのね」
さて、今回の俺たちが捜査するにあたって、『ナントー診療所』から押収された諸々の物品については、その全てが一時的に元の位置に戻されている。
これは物の配置によって何かしらの仕掛けが動く事を考えての事である。
で、私室部分にやってきた俺たちは、まず本当に捜査前と同じ状況になっているかを確かめるべく、一通り回ってみたのだが……。
うん、やっぱりドクターはドクター。
妖怪納豆啜りでした。
と言うのもだ。
「まさか家の中に大豆と藁を手に入れるための畑があるとは……」
「釜とかもかなり本格的な物だよね……特注品かな?」
「間違いなく特注品だと思います」
「保温室と菌の保管庫も有ったしねぇ……」
「しかも、かなり厳重そうな鍵がかけられてたよね。それこそ薬棚の鍵よりもごつくて丈夫そうなのが」
家の中だけで、最高級の納豆を原材料から作れるような設備が一通り揃っていたのだ。
しかも、本業である医者の仕事に関わる部分よりも明らかに納豆関係の設備の方が良い物が揃っていた。
うん、正直に言って、イヴ・リブラ博士関係の資料を大量に持っているよりも、こっちの納豆関連の物の多さの方がよほど問題だと思います。
後、此処まで来るとドクターが帰ってこないのは、何処かの都市で美味しい納豆を見つけて、それに夢中になっているからじゃないのかなとも思ったりします。
と言うか、事件に巻き込まれたとか、非合法な何かをしているから姿を眩ませたとかよりも、その方がよっぽど納得がいくぐらいだ。
「まあ、何時までもこうして呆れているわけにはいかない。本格的に捜索を始めるぞ」
「「「はい……」」」
まあ、いずれにしても、ドクターの納豆好きについては、今回の捜査には関係ない。
さらに言えば、ドクターがしているであろう何かしらの活動についても、そこまで気にしなくてもいい。
俺たちが気にすべきは、ドクターとイヴ・リブラ博士の間に存在するかもしれない何かについてである。
「では、全員配置に着け」
「「「了解」」」
と言うわけで、地道に俺たちが探すべき物を探すとしよう。
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で、捜査開始から二時間後。
「ロノヲニト。何か見つかったか?」
「ハルハノイか。いや、我の方では特に見つけた物は無いな」
「他の皆は?」
「特に変な物は無かったね。ハルの方は?」
「俺も何も無し」
ぶっちゃけ、何も見つからなかった。
まあ、ある程度予想の範疇内の結果ではあるけどな。
「とりあえず、イヴ・リブラ博士関連については何も無いと思って良いかもな」
「だねー」
だって、ドクターとイヴ・リブラ博士の間に関係があるかもってのは、推測に推測を重ねたような結果の話だったしな。
何も無いのがむしろ当然なのかもしれない。
「それじゃあ、捜査はこれで終了?」
「そうだな。ドクター自身については私たちが調べるべき事ではないし、それでいいだろう」
そうして捜査が終わりそうな時だった。
「んー……やっぱり違和感を感じるのね」
エイリアスがそう呟き、全員の視線が集中したのは。