第280話「ドクターナントウ-2」
「まさかだな」
「まさかだね」
翌日の午後。
午前中に『崩落猿』に関するレポートを上げた俺たち第32小隊は、エイリアスとフィーファの二人を連れて、ダイオークス26番塔第51層にやって来ていた。
「で、何で俺たちが指名されたんだ?エイリアスの『真眼』が必要なだけなら、外勤部隊である俺たちを寄越す意味はないだろう」
その目的は現在指名手配中のドクターことナントウ=コンプレークスの家である『ナントー診療所』の捜査である。
「そうですね。貰った資料によれば……」
勿論、武力を必要としない家宅捜索なんてものは、俺たち外勤部隊の業務内容から大きく外れた物であり、上からの要請で無ければむしろ関わるべきでは無い分野の話である。
にも関わらずこうして手伝いに出る事になった以上は……まあ、何かしらの理由があるのだろう。
と言うわけで、『ナントー診療所』に向かう道すがら、ナイチェルにその辺りを説明してもらう。
「まず、『ナントー診療所』には昨日トトリ様が言ったように、既に治安維持部隊の捜査が入っています」
「確かに聞いたね」
「その為、私たちに求められているのは通常の手段では発見できない何かを見つけ出す事。だそうです」
「なるほど」
それなら、エイリアスが協力を求められたことには納得が行くな。
隠された何かを見つけると言う点において、エイリアスの『真眼』以上の物は早々無いだろう。
だが、エイリアスの能力が必要だからと言って、一緒に呼び出す必要が有るのは、この中ではフィーファぐらいだ。
だから、俺たちを呼び出した理由が別にあるはずだ。
「それで私たち第32小隊については、エイリアス様の補助を求める。と言うのが表向きの理由になっていますね」
「表向き?どういう事なの?」
表向きはエイリアスの補助……か。
まあ確かに必要だろうな。
エイリアスの暴走を抑え、フィーファの負担を軽減すると言う意味で。
「えーと、ああこれですね。どうやら、これまでの家宅捜索で妙な物が見つかっているようです」
「妙な物?」
ドクターの事だし、大量の納豆とかだろうか?
「はい。個人が所有するには少々多すぎると判断できる量のイヴ・リブラ博士とイクス・リープス氏に関する資料。と書かれていますね」
「「「!?」」」
まさかのだった。
いやまあ、ドクターが本当に三百年前から生きているのだとすれば、イヴ・リブラ博士と何かしらの関わりがあってもおかしくはない。
おかしくはないが、まさかのだった。
「なるほど。それで俺たちか……」
「はい、明言は避けていますが、『ナントー診療所』内にイヴ・リブラ博士に関わる物品がある可能性があると判断したようです。そのため、最低でもハル様とロノヲニトの二人が今回の捜査に参加する事は絶対だったようですね」
だがそれならば、エイリアスに加えて俺とロノヲニトの二人を今回の捜査に参加させる必要が有ったのにも納得がいく。
なぜならば、仮にイヴ・リブラ博士の巧みな技術によってエイリアスの『真眼』が騙されたとしても、俺とロノヲニトが居れば、何かしらの反応が起き、何かが見つかる可能性が上がるからだ。
「ところでナイチェル。個人が所有するには少々多すぎる資料と言ったけど、具体的にはどういう物品が今までの捜査で見つかっているんだい?」
「その辺りについてはこちらをどうぞ」
「……。流石はドクター……」
「どれどれ?」
ワンスがナイチェルから紙を一枚もらい、ワンスが読み終わったところで他の面々も順次回し読みしていく。
で、その結果思った事としては……。
「やっぱりドクターはドクターだったか……」
「妖怪納豆啜りとか言われるのも納得だね……」
「ある意味歪みないね……」
「うわぁ……」
「ドクターらしいな」
「ふむ、ドクターと言う人物がどういう人物なのかが良く分かるな」
「……」
「やっぱり一度会ってみたいのね」
ドクターはやはりドクターだった。
いやだってね、診療所内に在ったと言う資料……本やデータ、レポートなど、その形は様々だけど、その内容の比率が……
「医学書、納豆や大豆関係、イヴ・リブラ博士とイクス・リープス氏関係、その他の比率が3:4:2:1とか……本当に歪みないよな」
と言う物だったからだ。
ぶっちゃけ、添付された写真で、イヴ・リブラ博士関係の資料が本百冊分にも上るような資料だと分かっているから、個人が持つには少々多いと言える資料と言う文言にも納得がいくが、この写真が無ければまずはその比率の異常さに突っ込みたいところだある。
と言うか、何で各都市各年ごとに大豆と麦藁の収穫量とそれらを使って出来た納豆の栄養や味に関するデータなんてものが有るんですかねぇ……それも四百年分。
うん、もしかしなくても、ドクターはイヴ・リブラ博士と何かしらの関わりが有ったんだろうな。
そうでなくとも何かしらの特殊な技術は有していたはずだ。
でなければこんな資料が四百年分も有るはずがない。
ドクター以外にわざわざ集める人間が居るとも思えないしな。
「さて、皆様そろそろよろしいですか?」
「ん?ああ、もう着いたのか」
「さて、何が有るんだろうね?」
「とりあえず私室エリアは納豆臭そうな気はするけどね……」
「「「……」」」
で、改めてドクターの納豆好きを理解させられたところで、俺たちは『ナントー診療所』に到着したのだった。