第268話「崩落猿討伐作戦-7」
「さて……」
『ヴボアアァァ!』
報告を終えた所で、『崩落猿』が再び殴りかかってくる。
だがその手の形は今までが握り拳だったのに対して、掌底の形に変化している。
その変化の意味が指し示すのは?
『ヴボアァ!』
『崩落猿』の掌が突き出されようとするのと同時に、俺は左手を『崩落猿』の右腕に当てるように身体を逸らす。
するとその瞬間、先程まで俺の身体が有った部分を暴力的な風を伴って、金属製の杭が突き抜けていく。
「もう隠す気も無い……とっ!」
『!?』
俺は左の掌を始点とする事によって、【威風なる後】の圧力をラグなしに発生させると、『崩落猿』を大きく吹き飛ばす。
『ヴボッ』
勿論、この程度の攻撃で『崩落猿』が体勢を崩すことなどあるはずもなく、難なく着地し、構えを取る。
そう、例のフェンシングのような構えだ。
金属製の杭を剣の代わりとして、隙のない構えを取っている。
「知らなければ奇襲に、知られても問題ない……か。厄介だな」
『崩落猿』の持つ二つ目の特殊能力は四肢に備えられたパイルバンカーだった。
その一撃目は、最大の威力を発揮するように奇襲の形で使われた。
で、その一撃目が外れたことによって『崩落猿』の手の内が判明し、弱体化に繋がったか?
答えはノー。
厄介さで言えばむしろ増したぐらいだ。
『ズウッ……』
と言うのも、先程の攻防を見れば分かる通り、俺は『崩落猿』の攻撃を一部ではあるが、直接受けることが出来なくなった。
おまけに、俺が受けようが受けまいが、腕の振りに合わせてパイルバンカーを放つことによって、殺傷範囲と威力を大幅に増大させることが出来る様になっている。
しかも、両腕のパイルバンカーについては射出した後も刺突剣として使えるので、戦闘の妨げになる事も無い。
うん、本当に厄介だ。
『ヴッ!』
「っと!?」
『崩落猿』が距離を詰めながら、連続で突きを放ってくる。
それに対して俺は【堅牢なる左】を用いて杭をさばきつつ、反撃の機会を窺う。
「ふんっ!」
『ヴボッ!』
やがて、『崩落猿』の攻撃に微かな隙間が生じ、俺が攻撃する隙が生じる。
その僅かに生じた隙を狙って【苛烈なる右】を放つが……『崩落猿』は俺への追撃を躊躇わずに諦めると一足飛びに後退。
爪の範囲外に逃れてみせる。
「……」
『……』
うんまあ、でもパイルバンカーについては悪い事ばかりじゃあないな。
パイルバンカーにしろ、咆哮にしろ、放つには予備動作として吸気と言う行動を挟む必要が有る。
そして、両腕のパイルバンカーと違って、両脚のパイルバンカーは一度撃ってしまえば、杭を体内に収納するなり、廃棄するなりするまでは行動が阻害され、大きな隙を生じることになる。
となれば、俺一人で『崩落猿』を仕留めようとするならば、そこが狙い目になるだろう。
『ズッ……』
「来るか……」
『崩落猿』が息を吸う。
「来い!」
そして、そのまま俺に向かって突進、杭による連続攻撃を放ってくる。
先程の攻撃によく似たその攻撃を、俺は難なく捌いていく。
やがて攻めきれない事に焦れたのか、『崩落猿』は大振りに杭を一閃。
その振りに合わせて体を回転させ、俺を踏みつけるように足の裏を見せてくる。
来る。
そう俺が判断して、【威風なる後】を移動に回そうとした時だった。
『崩落猿』の口が開くのが見えた。
『ヴボアアアアアァァァァァ!!』
「ぐうっ!?」
『崩落猿』の回転は止まらず、足の裏は通り過ぎ、その顔は明らかに俺の方へと向けられていた。
俺は咄嗟に【威風なる後】を含めた全能力を防御に回す。
と同時に『崩落猿』の咆哮が周囲一帯に響き渡り、俺の全身を激しく揺さぶる。
「舐めるなあっ!」
『ヴボッ』
『崩落猿』の咆哮が止むと同時に俺は【苛烈なる右】を一閃。
が、当然のように回避され、俺と『崩落猿』の間には再び距離が開く。
「はぁはぁ……野郎……」
しかし危なかった。
まさか脚のパイルバンカーを囮に使ってくるとは……もしもあそこで【威風なる後】を移動に回していたら……音による破壊である以上、少なくない傷を負っていたな。
それはつまり、殺されると言う事だ。
まったく……油断とか気のゆるみとか関係なしに危険すぎる。
この分だと、射出済みの杭を切り離して発射するぐらいは……
『ズゥ……』
「!?」
そこまで俺が考えた時だった。
『崩落猿』が杭を俺に向かって構えたまま、息を吸う。
そして、俺が本能的な悪寒に従って身を捩った瞬間だった。
『ブボアッ!!』
今の今まで俺の頭が有った場所を、腕から射出された時以上の速さでもって、金属製の杭が突き抜けていき、次の瞬間には周囲に衝撃波を生じさせながら瘴気の向こう側へと消えて行った。
やがて聞こえてくるのは、大量の爆薬が炸裂したかのような巨大な破壊音。
十中八九、先程の杭が何かにぶつかった音だろう。
「本当に危ねえな……この畜生め……」
俺はゆっくりと立ち上がりながら、右ひざから金属製の杭を取り出し、右手の掌に差し込む『崩落猿』の事を睨み付ける。
パイルバンカーの事を知らなければ、奇襲で用いる。
パイルバンカーの事を知っていれば、獣らしからぬ技術でもって自在に操り、咆哮との二択を迫る。
そして、それら全てを見せ、相手が自分には近接攻撃手段が無いと思ったならば、元々杭が有ったスペースも利用して推進力を高めた上で、突きの構えから杭を発射する。
この分だと、冗談抜きにまだ何かしらの策を残していても、おかしくはないだろう。
「全くもって、厄介すぎる……」
『……』
そして、間違いなく『崩落猿』は俺が今まで相手にした何よりも強い。
そう言い切れてしまうほどの厄介さだった。
ただのパイルバンカーだと思った?
そう思った時には頭が飛ぶよ!




