第261話「崩落猿討伐作戦-1」
「さて、全員揃ったすね」
二週間後。
俺たちは26番塔第1層に在る大型のミーティングルームに集まっていた。
「では、今から『崩落猿討伐作戦』についてのミーティングを始める」
壇上に立つのは現第1小隊の隊長であるレッドさんと、事務部門の副部長であるライさんの二人。
壇の下には小隊ごとに集まる形で、数十人が席に着いている。
その人数を小隊の数に換算するならば……うん、間違いなく十小隊以上はこの場に集まっているな。
「まず、今回のターゲットである『崩落猿』についてだ。ライ」
「了解っす」
壇上のスクリーンに以前俺が遭遇した時よりも一回りは確実に大きくなっているタイプ:エイプのミアズマントが映し出される。
「『崩落猿』は正式名称を悪魔級ミアズマント・タイプ:エイプ特異個体と言うでやんす」
「悪魔級……」
「特異個体……」
「竜級に片足を突っ込んでいるような物か……」
部屋の所々から『崩落猿』を恐れるような声が漏れ聞こえてくるが、まあ、それも仕方がない事か。
一回りどころじゃなくデカくなって、以前遭遇した時は熊級だったのが、今は悪魔級に格上げされてるしな。
「生息地はファーティシド山脈一帯でやんすが、最近はダイオークスと『テトロイド』、両都市に近い場所である麓にまで降りて来ている事が有るのが確認されているでやんす。なんで、現状では特に被害のような物は出ていないでやんすが、このまま放置すればまず間違いなく、何かしらの被害を出し始めることになるでやんす」
「確かにこれは拙いな……」
「こっちまで来てるのか……」
スクリーンにファーティシド山脈を中心とした地図が表示され、その一部……『崩落猿』の活動領域であろう場所が赤く塗りつぶされる。
で、その図を見る限りでは、『テトロイド』に向かう際に俺たちが利用した建物。
あの傍にまで『崩落猿』は時折ではあるが、降りて来ているらしい。
「で、『崩落猿』の戦闘能力についてでやんすが、かなり高いと思ってもらって構わないでやんす」
スクリーンの映像が切り替わり、特殊なカメラでもって『崩落猿』と他の熊級ミアズマントとの戦いを遠くから撮影したであろう映像が映し出される。
「基本は成長したタイプ:エイプのミアズマントらしく発達した四肢を生かした打撃攻撃。それに投擲攻撃として周辺に存在している物……岩やタイプ:ツリーのミアズマント、場合によっては同族であるタイプ:エイプの鼠級と狼級を投げつけてくるでやんす」
「ただ注意事項として、『崩落猿』の場合はタイプ:ツリーを手に持った場合は投げるのではなく、棒のように振り回す事もある。つまり、拙いと言っていいレベルかもしれないが、近接武器を扱う能力も有していると言う事だ」
ライさんの説明を補足するように、レッドさんが言葉を重ねる。
そして、レッドさんの言葉を証明するように、スクリーン上では圧倒的な戦闘能力でもって相手のミアズマントを攻撃していた『崩落猿』が、手近な場所に生えていたタイプ:ツリーをへし折り、棒として手に持ち、まるでフェンシングのような動作でもって相手のミアズマントを突き殺す映像が流れる。
うん。これはヤバいな。
銃みたいな複雑な武器ならともかく、剣や盾、槍のように比較的扱いが単純な武器なら、『崩落猿』は扱える。
つまり、俺たちの武器を奪い取って使用してくる可能性もあるって事だ。
「加えて、特異個体である事から分かるように、強力な咆哮を発する事によって周囲の物体を破壊する能力を有している。その破壊力は直撃すれば瘴巨人でも一撃で破壊されかねないレベルだ」
「しかも、地形を変化させるほどの破壊を狙って引き起こせるだけの知能と、彼我の実力差をしっかりと見極め、時には引く事も辞さない理性も持っていると言うおまけつきでやんす」
「更に言えば、取り巻きとして鼠級、狼級のタイプ:エイプのミアズマントを数十匹率いているのが確認されている」
「「「……」」」
部屋の中に重苦しい空気が流れてくる。
だがまあ、それも仕方がない事だろう。
獣としての身体能力に、下手な人間より賢いのではないかと思えるレベルの知性、単純な道具程度ならば扱えるだけの器用さ、一撃必殺の破壊力を有する特殊兵器を併せ持ったミアズマントと言うのが、今のレッドさんとライさんの二人の説明をまとめた結果なのだから。
しかも、取り巻き付き。
これはもしかしなくても、総合的な厄介さで言えば『クラーレ』の奴よりも厄介な気がするな。うん。
「ついでに言えば、この一月の間観測班が入手してくれた情報とは別口で得た情報で、『崩落猿』はまだ何か切り札のような物を保有している可能性が示されているでやんす。いやー、本当に参ったすねぇ。きゅっきゅっきゅー」
「「「…………」」」
……。
まだ悪い情報が出揃ってなかったんかい。
部屋の中の空気はもはや不慮の事故によって開かれた葬式場のそれと同じレベルだ。
ただ、部屋の中の空気に反して、ライさんとレッドさんの二人が浮かべる笑顔はやけになったが故の物ではなく、自信が有るが故の物である。
一体どういう事だ?
「心配しなくても、ここに集まっている面々を死地に向かわせるような真似なんてしないでやんすよ」
「ああ。そんな事をされたら、オルガの奴に怒られる。アイツの笑顔ならいいが、怒り顔は見たくない」
微妙に惚気が入った気がするが、気にしないでおこう。
「と言うわけで、これから作戦の内容について説明するっすよ」
「全員しっかりと聞いて、分からない点が有れば遠慮せずに尋ね、この場で解消しておけ。今回の作戦は全員が自分の役割を十分に果たす事を前提とした物だからな」
二人の言葉に部屋の空気が明るさを取り戻し、それに合わせるように俺たちは真剣な面持ちで揃って頷いた。
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