第259話「相談-2」
「『世界同時多発無差別狂暴化事件』……ですか」
「そうだ。全員ニュースなどで情報は得ていると思うが、念のために一から説明させてもらおう。情報の齟齬が有ると、後で面倒になるからね」
「分かりました」
アゲートさんの言葉に俺たちは全員揃って頷く。
「まず事件が発生したのは、およそ二週間前の事。突如として世界中で同時に複数の人間が狂暴化し、近くに居た他の人間を手当たり次第に襲った。が、およそ一分後、暴れ出したすべての人間が見えない誰かに殴られる様に吹き飛び、身体から黒い小さな鱗を排出しながら気絶。事件は一応の終息を見せた」
ここまではニュースで言っていた通りだな。
俺がおかしくなった人たちを【威風なる後】で吹き飛ばして気絶させた件については、表沙汰になってないし。
「被害者……此処で言う被害者は狂暴化した人間を除いたものだが、死者・重軽傷者はダイオークスだけでも十二名。世界中で見れば、情報が出て来ない『ノクスソークス』を除いても百人以上の人間が今回の事件では被害を受けている」
「聞くところによれば、ダイオークスだけでなく、ボウツ・リヌス・トキシードや、『テトロイド』などでも同様の事件が同じ時間に起きていたそうですね」
「そうだ。中には『コンノトキシ』のように、護衛が狂暴化したために、塔長クラスの人間に被害が出ている都市も存在している」
で、この事件の被害だが、想像以上に酷いものになっているようだった。
だがそれも仕方がない事だろう。
自分が信用していた相手が突然狂暴化し、襲い掛かってくるのだ。
下手をすれば、最初の一撃で何が有ったのかを理解する暇も無く殺される可能性も十分にあるぐらいだ。
「さて、ここからは表に出ていない話になる。現在狂暴化した人間たちは、表向きは容疑者として、実質的には今回の事件で受けた精神的な傷を癒すためのカウンセリングを行うべく、各都市の病院に収容。治療を行いつつ、負担にならない範囲で事情聴取を行っている」
「え……それってまさか……」
「狂暴化させられた人間には自分の意識が残っていたってことかい?」
「そうだ。これだけでも今回の事件がこの上なく非人道的な事件であると言ってもいいだろう」
酷い……な。
体を勝手に操られ、他人……いや、状況を考えれば、知人や家族の可能性が高いか。
いずれにしても、見知った相手を自分の意思に反して攻撃させられると言うだけでも相当なものなのに、その際に自分の意思が残されているとはな……。
ワザとなのか、そういう物だったのかは分からないが、絶対に許される事じゃあない。
「当然、ダイオークス政府も、ダイオークス以外の都市の政府も今回の件を偶然で片づける事はしなかった。世界中で同時にこのような事件が起きるなどと言う事は、何者かの意図が介在しなければ有り得ない話だからだ」
「だから、『世界同時多発無差別狂暴化事件合同調査委員会』でしたっけ。そう言う名称の組織を各都市合同で結成したんですよね」
「その通りだ」
その意見には同意する。
こんな事件が偶然だけで起きると言うのは、幾らなんでも有り得ない。
仮に偶然だとしても、事件発生から俺が止めるまでのたった一分間でこれだけの被害を出した事件なのだ。
調べないと言う選択肢は絶対に無いだろう。
「それで『世界同時多発無差別狂暴化事件合同調査委員会』……通称、狂調委員会だが、あの手この手で現在事件を調査している」
ここでアゲートさんの目が微妙に落ち込んだ様子を見せる。
「が、正直なところ、狂暴化させられた人間たちに存在している共通点と言えば、ハル・ハノイ。君が【威風なる後】で彼らを攻撃、気絶させたときに出てきた黒く小さな鱗程度な物しか無くてな。はっきり言って手詰まりに近い状況に陥っている」
「それで相談……ですか」
「そうだ」
うーむ、事件を調べようにも手がかりが無いんじゃあ、確かにどうしようもないよなぁ……うん。
「でも相談と言われても、俺たちが持っている情報はその狂調委員会よりも、遥かに少ないと思うんですけど」
「私もそれは分かっているし、彼らにもそう伝えたんだが……押し切られた」
なんだろう……。
アゲートさんがすごく苦労している人に見えてきた。
いやまあ、元々アゲートさんは色々と大変な立場ではないかと思っていたけどさ。
「それで、何でも構わない。何か手がかりになりそうな情報は無いか?」
「うーん、いずれにしても、方向性ぐらいは示して貰わないと何とも……」
「方向性か……」
ただ、現状では情報が無さすぎて、相談に乗りたくても乗れない。
なので、まずはアゲートさんに出せるだけの情報を出してもらいたい所なのだが……。
「そうだな。まず、君たちが帰ってきた時にも確認したが、狂暴化した人たちの身体から出てきた鱗は、間違いなくハル・ハノイ。君の鱗だ。これは『ボウツ・リヌス・トキシード』のエイリアス・ティル・ヤクウィード。彼女の『真眼』で確かめて貰ったから間違いない」
「ハル様の鱗と同じものと言う事は……放っている力も同じという事ですか?」
「彼女はそう言っていたな」
「となると、僕たちがトキシードで捕まえた何処かの工作員。あの人たちも関係が有るのかな?」
「ああ、そう言う報告は有ったな。彼らもこの事件の時には暴れ出したらしい。が、君たちには悪いが、彼らは自分たちの身体から出て来た鱗については何も知らなかったそうだ」
ふむ。
そう言えば俺が『クラーレ』と戦っている時にそんな事件が有ったとセブたちから聞いていたな。
本人たちは知らないと言っているが……無関係と言うのは有り得ないだろうな。
「鱗の役割についてはどうなんだい?」
「何とも。ただ、あの鱗自体に人を狂暴化させる効果は無さそうだと言う結論は出ている」
「俺の【威風なる後】には鱗を使う要素なんて無いしなぁ……」
「となると鱗の役割としてありそうなのは……」
俺たちは揃って鱗の役割について考えてみる。
そして考え出した結果として出てきたのは……。
「もしかして、何かしらの力を使うための目印だった?」
鱗はただのマーカーとして使われたのではないかと言う考えだった。
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