第256話「能力検査-1」
『それでは、只今より26番塔外勤部隊第32小隊所属、ハル・ハノイの能力計測を行います』
ライさんに見事な論破をされた俺は、26番塔第3層のとある一室にやって来ていた。
『と言うわけで、まずは【堅牢なる左】から一つずつ別々に能力を発動してみてください』
「分かりました」
目的は現状俺が所有している五つの能力を、形状と能力の両面から記録しておくことである。
「では……【堅牢なる左】起動」
と言うわけで、瘴気が無いので低出力版だが、俺は【堅牢なる左】を起動。
『形状の記録開始……完了しました』
【堅牢なる左】が起動すると同時に俺の左腕が目には見えない力に覆われる。
そうして現れたのは、普通の人間の目には見えないが、黒い鱗に覆われ、爪のような物が先端から飛び出た鯨の鰭のような左腕だった。
『では、好きに動かしてみてください』
主用途は防御。
斥力場を発生させることも出来、簡単な攻撃やただの液体を飛ばした程度ならば、そもそも鱗に触れさせずに弾くことも可能。
斥力場発生の能力が追加されたのは……やっぱり『クラーレ』との戦いの辺りかな。
『【堅牢なる左】の記録完了しました』
「了解」
と、掌の上に水を乗せ、お手玉のように弾いていたらもう十分だと言われた。
じゃあ次行くか。
『では、次の能力どうぞ』
「じゃ……【苛烈なる右】起動」
【堅牢なる左】を解除して【苛烈なる右】を起動。
すると、【堅牢なる左】の時と同様に右腕が目に見えない力に覆われる。
『形状の記録開始……完了しました』
【堅牢なる左】との形状面における差は……爪の鋭さと長さ、鱗の形状ぐらいか。
ああ後、【苛烈なる右】の爪は例の装飾付き短剣を芯にしているのも差の一つだな。
『では、好きに動かしてみてください』
主用途は攻撃。
爪の先端から触れた物体を分解する力場を展開する事によって、攻撃力と射程の増強も可能になっている。
その破壊力は入手した装飾付き短剣の数が増えるほどに増しているが……たぶんまだ全開ではないだろう。
たぶん、あと一つはパーツが有るだろうし。
『【苛烈なる右】の記録完了しました。では、次の能力どうぞ』
「了解。【不抜なる下】起動」
俺は途中で分解されたサンドバッグを尻目に、発動している能力を【苛烈なる右】から【不抜なる下】に変更。
下半身が力で覆われ、尾てい骨の辺りから長い長い……と言っても普通の人間の目には見えない尻尾が生えてくる。
『形状の記録開始……完了しました。では、好きに動かしてみてください』
主用途は固定。
後は柔軟な尻尾による攻撃や拘束と言ったところか。
能力は俺の身体の位置を固定する事。
ただし、固定先は地面では無く空間そのものに対してであり、その気になれば空中に立つ事も出来る。
『【不抜なる下】の記録完了しました。では、次の能力どうぞ』
アナウンスをする人の声音が微妙に緊張したものになっている。
まあ、アナウンスをする人にとっては、ここから先は完全に未知の領域だろうし、仕方がないかな。
「ふぅ……了解。【堂々たる前】起動」
俺は【不抜なる下】を解除して【堂々たる前】を起動。
すると、俺の前に目には見えない壁のような物が、微妙に局面を描く形で生じる。
うん、本来は胸郭なんだが、人間の姿で使う以上はこういう壁と言うか、風防のような形の方が何かと都合が良かったりする。
『形状の記録開始……完了しました。では、好きに動かしてみてください』
「と、言われてもなぁ……」
アナウンスの人には悪いが、【堂々たる前】は積極的に動かすような能力ではない。
なにせ主用途は回復。
事前に記録してある俺の肉体に関するデータを参照し、それに合わせて俺の肉体を再生、または変形させることが能力なのだ。
まあ、常に俺の前に出てくると言う性質に、低出力版の普通の目には見えないと言う特性が組み合わされば、中々に便利な代物なのだが。
というわけで、一応何度か方向転換をしてみて、その方向転換に【堂々たる前】が追従してくれるかを試しておく。
うん、タイムラグなしに追従してくれるな。
これはこれで使えるかもしれん。
『【堂々たる前】の記録完了しました。では、次の能力どうぞ』
「了解」
さて、次が最後の能力だな。
「【威風なる後】起動」
俺は能力を【威風なる後】に切り替える。
すると、俺の背中から翼が生え、蝙蝠のような翼が展開される。
勿論、翼を展開する関係で、背中を守るように甲殻も発生している。
うん、これは戦闘中常時起動でもいいかもしれないな。
『形状の記録開始……完了しました。では、好きに動かしてみてください』
「よしっ……」
【威風なる後】の主用途は移動。
俺が念じた位置に圧力を発生することが出来、その能力でもって高速で移動することが出来るようになる。
というわけで、部屋の中を軽く飛びまわってみる。
でだ。
「じゃ、試してみるか」
一通り飛び回ったところで、俺は能力の応用を試すべく、右手をサンドバッグの方に向ける。
「はっ!」
そして俺が声を発すると同時に念じると、サンドバッグの表面に圧力が生じ、サンドバッグは吹き飛ばされる。
うん、こっちも問題なしだな。
『【威風なる後】の記録完了……』
これで記録作業は終わり。
俺もアナウンスの人もそう思った時だった。
『少し待て』
『レッド隊長!?』
「!?」
スピーカーから、レッドさんの声が聞こえていた。
そして開口一番にこう告げた。
『ハル。今から俺が言う事がその【威風なる後】とやらで出来るかどうか試してみろ。記録を終了させるのはそれからだ』