第253話「問題児-4」
「お帰りなさいませ」
「ただいま。ナイチェル」
ライさんの部屋を後にした俺たちはトゥリエ教授を連れたまま、まっすぐ家に帰り、ナイチェルの出迎えを受ける。
「みんなお帰りなさい」
「お帰りお姉ちゃん」
「ああ今戻った」
「ん?トトリとワンスは何処なのじゃ?」
「エイリアスも居ないな」
で、リビングに着いたところで部屋の中を見回してみたのだが、トトリ、ワンス、エイリアスさんの三人の姿が見えない。
「ナイチェル。三人は何処に?」
「エイリアス様は今、私の部屋でトトリ様とワンス様の二人と一緒に居るはずです」
「なるほ……ど?」
俺はナイチェルの言葉に素直に頷きそうになる。
が、直ぐに今朝のエイリアスさんの様子を思い出し、疑問を感じる。
「え?あのエイリアスさんが素直に部屋の中に閉じこもっているのか?」
「ええ、画材道具一式と、興味を持つかは分かりませんでしたが、ペイント関連のソフト一式を入れたパソコンを与えることで私の部屋にこもらせることには成功しました」
「さっき様子を見てきたけど、絵を描くのに夢中になってたよ」
「パソコンの方も少しいじってましたので、興味は持ってくれたみたいです」
「へー」
何と言うか、昨日一日と今朝の苦労は何だったんだと言いたくなるぐらい素直な反応である。
いやまあ、エイリアスさんが仕事に没頭したら他の一切が気にならなくなるレベルの画家であることを考えたら、当然の反応なのかもしれないが。
「それと、念のためと言いますか、万が一の事態に備えて、エイリアスさんには発信機付きの首……ではありませんね。発信機付きの腕輪を本人了承の元、付けさせてもらっています。これでダイオークスの中ならば、基本的には何処に居てもすぐ居場所が分かります」
「なるほど」
一瞬、首輪と言いそうになったところに少々突っ込みたい気もするが、ここはスルーしておこう。
気にしたら負けだ。
後、発信機は……エイリアスさん自身の意思でもって逃げ出した場合には無力だが、それ以外のパターンに対しては有効だし、これもまた目を瞑っておくべき事案だろう。
それ以外のパターンとやらが起きる可能性が、そもそもほぼ有り得ないと言う点も気にしてはいけない。
「しかし、今はまだ昼をちょっと過ぎたぐらいだろ。良くそれだけの物を揃えられたな」
俺はソファーに座り、水でのどを潤しながらナイチェルにどうやってそれらの物品を手に入れたのかを尋ねる。
パソコンや画用紙やスケッチブック程度ならともかく、画材道具一式やペイント関連のソフト一式、発信機付きのく……腕輪とかがそう簡単に手に入るとは思えないしな。
「そこは私とセブのコネと伝手を全力で活用させていただきました」
「でも、今回はだいぶ無理を言っちゃったから、しばらくは白い目で見られそうな感じがするんだよねぇ……」
「へ、へぇー」
やはり無理をしていたらしい。
セブは何処か遠い目をしているし、ナイチェルはしきりに眼鏡を整えている。
「おまけに、止むを得ないものではありますが、かなりの出費にもなりました」
「えーと、具体的には」
「……」
ナイチェルの口からこれらの物を集めるのにかかった金額が語られる。
で、それを聞いた俺たちは……
「うんまあそうだよな……それぐらいかかるよな……」
「一般人には縁の無い物じゃしなぁ……」
「ナイチェル。絶対に経費で落とせ」
「?」
ロノヲニト以外の全員が意見を一致させることになった。
「勿論です。我が身命に賭けても経費として通させます。26番塔、中央塔、可能ならばトキシードにだって費用の負担は求め、通して見せますとも……」
なお、ナイチェルの身体からは黒い時のトトリ並みにどす黒いオーラが湧き立っている。
今回の件については助けはしても、咎める気なんて全く起きないが。
「で、ですね。ハル様。ちょっと報告したい事が」
「何だミスリ?」
と、これ以上この話題を続けるのは危険と判断したのか、ミスリが話の流れを斬るように声を上げる。
「えーと、ハル様たちが出かけている間にダスパさんたちがやって来て、話してくれたのですが……」
そうしてミスリが語ってくれたのは、俺たちが居ない間に26番塔の中で起きた大きな出来事についてだった。
勿論その中には、ライさんが語ってくれたオルガさんとレッドさんの結婚や、第1小隊第2小隊の合併も有ったわけだが……
「ドクターが旅行に?」
俺たちの関心を一番惹いたのは、『ナントー診療所』の院長であるドクターことナントウ=コンプレークスが二週間ほど前から旅行に出かけ、現在ダイオークスには居ないと言う話だった。
「ドクター?」
「ああ、そう言えばロノヲニトは会った事が無かったな」
ドクターに会った事が無いロノヲニトに対して、シーザが説明をする。
うーむ、しかしドクターが旅行で居ない……か。
俺自身については【堂々たる前】が有るからそこまで問題では無いが、他の皆が怪我や病気をした時に何の心配も無く預けられる相手が居ないと言うのは、少々不安になるな。
「予定ではもう一月ほどしたら帰ってくるそうですが、ドクターは診療所に連絡手段を残さなかったそうなので、それまではこちら側から接触を図る事は出来ないそうです」
「ふうん……ならちょっと気を付けないとな」
まあいずれにしても、居ない以上は仕方がない。
普段以上に怪我や病気に気を付けるしかないだろう。
そうして俺たちは、トトリとワンスがエイリアスさんを連れて戻ってきたところで遅めの昼食を摂るのだった。




