第249話「ダイオークス空港-3」
ハルたちがダイオークスに帰ってきたその日の夜。
ダイオークス中央塔の一室。
「例の彼女……エイリアス・ティル・ヤクウィード嬢ですが、そちらの予測通り飛行機に密航し、こちらに来ておりました」
『やはりそうでしたか……』
そこにはアゲート・セージの姿と、ボウツ・リヌス・トキシードに繋げられ、一人の男性が映るスクリーンが有った。
「それで、この件について一つ聞きたいのですが、よろしいですか?」
『どうぞ』
「彼女。本当に画家何ですか?」
『画家です。特異体質は持っていますが、間違いなく画家です』
「『……』」
両者の表情は硬い。
勿論、アゲートにもエイリアスが画家である事は間違いないと分かっている。
だが、幾ら強力な特異体質が有ると言っても、ただの画家がトキシードとダイオークスの二空港の警備を誰にも気づかれる事無く突破できるとは、とてもではないが思えなかったのである。
しかしそれは、トキシード側の担当官にとっても同じことだった。
「……。話を進めましょう」
『そうですな』
この件についてはどちらにとってもこれ以上探るべきではない。
そう判断して、二人は話を進める。
『現在彼女は何処に?』
「彼女の行動原理を鑑みて、現在はダイオークス26番塔外勤第32小隊の隊員たちが住む家……早い話が、ハル・ハノイたちの住む家で預かってもらっています。勿論、決して家の外に出さないようにし、常時一人は監視として付ける様に言い含めてあります」
『寛大な対応感謝します』
「いえいえ」
ちなみに、エイリアスがハルの家に預けられたのは、留置所などに送り、強固な拘束状態にしてしまえば外交問題に発展する可能性が高いと言うのもあるが、それ以上に空港の警備を抜けられるだけの能力を持つ実力者ならば、それらの拘束を抜けて行方を晦ます可能性を考えての事である。
下手に拘束するよりも、監視だけを付けて自由にしておいた方が、安全な事もあるのだ。
『それで、最終的な処分についてはどうなさるおつもりで?』
「法律と慣例に従えば、そちらに送り返す事になりますな。ただ……」
『まあ……そうでしょうな』
アゲートがスクリーンの向こうに居るトキシード側の担当官に視線だけで暗に語る。
そして、トキシード側の担当官も、それだけでアゲートが何を語りたいのかを正しく理解する。
このまま彼女を送り返しても、良くてきちんと手続きを経て、悪ければまた密航してやってくる。と。
「この件について一つ提案が有るのですが。よろしいですかな?」
『ほう。どのような?』
「中央塔塔長の許可も既に下りている素敵な案です」
そう前置きをして、アゲートはとある案をトキシード側の担当官に対して話す。
『ほう。なるほど……それは確かに素敵な案ですな。ただ、そう言う事ならば、こちらからも一つ提案が有ります』
「お聞きしましょう」
『エタナール教皇陛下の賛同も受けた素敵な案ですぞ』
そして、アゲートの提案に対抗するように、トキシード側の担当官も一つの案を話す。
「ふむ。そう言う事でしたら……」
『では、このようにして……』
その後も二人は神妙な面持ちのまま、意見を交わし続ける。
「では、そのように」
『よろしくお願いいたします』
数十分後、細かい部分まで詰め終わり、両者は納得した顔でうなずき合う。
「それで話は変わりますが、ああ、時間の方は大丈夫ですかな?」
『問題ありません。どうぞお話し下さいませ』
エイリアスについての話が終わったところで、アゲートは別の話を切り出そうとし、トキシード側の担当官も話が続くことを了承する。
「そちらでも……起きましたか?」
『……。起きました。被害も少なからず出ております』
「やはりですか……」
次の話は、その日ダイオークスの中……いや、様々な都市で同時に起きた一つの事件についてだった。
「その件について、こちらで少々分かった事が有りますので、後で構いませんから、共通のデータベースの方を確認してくださると幸いです」
『分かりました。下の者に今すぐ確認しておくように、連絡しておきましょう』
トキシード側の担当官が画面外に向けて何か指示のような物を出し始める。
『こちらからも、ダイオークスに対して連絡しておくことが有ります』
「何でしょうか?」
そして、一通りの指示が終わったのか、両者は再び正対する。
『今回の事件の被害ですが、我々トキシードで調べただけでも、『アーピトキア』、『テトロイド』、『モーフィーン』、『コンノトキシ』など、多くの都市で同様の事件が発生し、少なくない被害が発生しているようです』
「と言う事は……」
『証拠集めはこれからになりますが、現状で最も怪しいのは……言うまでも無くあの都市でしょう』
「でしょうな……」
アゲートの口からため息が漏れる。
トキシード側の担当官が言う都市が、何処を指すのかは彼にも予想が付いていたからだ。
ただ問題なのは、予想が付いたことよりも……
「しかし、これで彼らがあれほど傲慢に出て来れていた理由も分かりましたな」
『確かに。これだけの力が有れば、彼らの態度も頷けると言う物ではありますな』
その予想が当たってしまっていた場合だ。
その場合には……
『いずれにしても、この件が本当に彼らの仕業であるのならば、彼らは越えてはならない一線を越えてしまった。故にその報いはしっかりと受けさせることになる事だけは確かでしょう』
「でしょうな……」
地表が瘴気に満たされてからの三百年間、黎明期を除いて一切無かった都市間での戦争と言う行為が再び行われる可能性があった。
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