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瘴海征くハルハノイ  作者: 栗木下
第4章【威風堂々なる前後】
242/343

第242話「???-7」

 多次元間貿易会社コンプレックス内に存在しているとある一室。

 そこは無数の植物によって飾られた、一見すれば温室の様に見える部屋だった。


「逃げられただと」

「ああ、ものの見事に逃げられた」

 だが多少注意深い者が見れば、この温室の異常さは直ぐに分かるだろう。

 なにせ、春夏秋冬咲く季節がまるで違う植物たちが全て見ごろを迎えているどころではなく、熱帯に存在する植物と寒帯に存在する植物が隣り合っていたりするのだから。

 いや、それだけならばまだ常識の範囲内だろう。


「貴様がか」

「俺がだ」

 だが、踊るように激しく蔓や花びらを動かしている植物や、デフォルメした海月を逆さにしたような姿で脚を揺らめかす昆布。

 空を鳥のように飛び回る植物や、まりもに似た緑色の球体が何の支えも無く宙に浮かんでいるのは、異常と言う他なかった。


「信じられんな」

「だが事実だ。一切の痕跡も残さず逃げられた。よって、これ以上の追跡は不可能だ」

 尤も、この温室がどれだけ異常であっても、この場で平然と語らっている者たちに比べれば遥かに常識的な存在でしかないのだが。


「それでも信じられんな」

 この場に居る人型の存在は三人。

 二人は丸いテーブルを挟んで座り、最後の一人は静かに立っていた。


「事実に変わりはない。それでも信じないなら、俺がわざとエブリラの奴を逃がしたと言う事になるぞ」

 一人は水色の髪に紫色の瞳を持ち、下手に動くと色々な所が見えかねないギリギリの衣装を当然のように着こなす青年。

 多次元間貿易会社コンプレックスの社長、チラリズム=コンプレークス。


「そこまで言う気はない。だが、一つ確認させてもらうぞ」

 一人は麦藁色の髪に縦長の瞳孔を持った黄金色の瞳、蘇芳色の衣服を身に着けた少女。

 『狂正者(サニティ)』リコリス=S=インサニティ。


「……」

 一人は『狂正者』の脇に立ち、音を立てずにコップへ新たな紅茶を入れる、額から一本の角を生やし、目をバイザーで隠したメイド服姿の女性。

 ウスヤミ。


「なんだ?」

 一見すれば三人ともそこまで異常な存在には見えないが、実際には凡百の人間では幾億集まろうとも、触れることすら出来ないような領域に存在する三人である。

 尤も、その程度の実力は、彼らの領域に存在する者なら備えていて当然の実力なのだが。


「あの時の事を忘れたりはしていないだろうな」

「……」

 『狂正者』の言葉にチラリズムの顔が僅かに……良く知る者でなければ分からない程度に険しくなる。


「覚えている……と言うか、俺もエブリラとウスヤミの二人と同じく当事者だからな。忘れるわけがない」

「そうか」

 だが、そう言葉を紡ぐチラリズムの表情は直ぐに今までと変わらないような微笑みに戻る。

 まるで懐かしい思い出を愛おしむような笑みに。


「なら改めて聞くが、貴様が抱えている秘密を私に話す気はないのか?」

「はっはっは、お生憎様。職務上抱えている秘密何ぞごまんとあるし、それらを全て話せって言うんなら、世界百個ぐらいを天秤に乗せても釣り合わねえよ」

「だろうな……」

 チラリズムの言葉に『狂正者』は溜め息を吐くと、カップの中に入っていたお茶を一気に飲み干す。


「……」

「いやいい。私はもう帰る」

 そこから、『狂正者』はウスヤミが新たにお茶を注ごうとするのを手で制すると、席から立つ。


「ウスヤミ」

「何でしょうか?」

「今回の件が片付くまで、あの変態に協力をしてやれ」

「かしこまりました」

 そして、ウスヤミに一言そう告げると、『狂正者』は何処かに消え去る。

 力の残り香のような物も残っていない。

 完璧な転移だった。


「いやはや、『狂正者』の奴も太っ腹だなぁ。まさか、お前を寄越すとは」

「私に出来ることであれば、やらせていただきます。尤も、貴方がきちんと真実を語るのならばと言う但し書き付きですが」

「ふぅ……言ってくれるねぇ。俺が嘘を吐いていると?」

「嘘は吐いていなくとも、真実は言ってないでしょう。『狂正者』様もそれが分かっているから、私に協力するよう言ったわけですし」

 残ったウスヤミはバイザー越しにチラリズムを睨み付けると、情報の開示を求める。


「まあ、お前はエブリラと違ってアイツに造られたわけでもない。『狂正者』の娘たちと違って、力を分けられた存在でもない。純粋にアイツを慕い、その為に己を鍛え上げ、仕え続けてきた存在。早い話、アイツを一番よく理解していながら、アイツとの繋がりを持たない存在だからな。確かに適任ではある」

「いいから本題を話しなさい」

「心配しなくとも、そんな直ぐに状況が動くことはねえよ。エブリラの奴が自分の子供をあの世界においているように、俺も監視員ぐらいは潜ませてある。まったく、これだから俺の年齢に整数を掛けても問題ない御方は……」

「…………」

 遅々として進まない話に、ウスヤミのこめかみに軽く血管が浮かび上がる。


「とりあえず……あの、ウスヤミさん?」

「チラリズム……」

「それはその……ちょっと洒落にならないんじゃ……」

「選びなさい。話を進めるか」

 そしてチラリズムが見たのは、ウスヤミがスカートの中に普段隠している巨大な鉤爪状の尻尾によく似たデザインで、逢魔が時の空をそのまま押し固めて作られたような色合いの剣を居合に近い姿で構える姿だった。


「いやー……その……」

「それとも『狂夜騎士(マッドナイト)』の本気を見るか」

「ウスヤミさ……」

 殺気も闘気も無い。

 だが、その声音には明らかに怒りの色が含まれていた。

 どうやら、チラリズムにしては非常に珍しく、地雷となる場所を読み違えてしまったらしい。

 もしかしたら、誰かによって間違えさせられたのかもしれないが。


「え ら べ」

 いずれにしても、結果として間もなくチラリズムが折れることとなった。

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