第24話「入隊試験-6」
「……」
演習場に続く扉がギリギリ開かない位置に立った俺は、自分の装備を改めて確認する。
頭、胸、足には動きを阻害しない程度に防御能力がありそうな金属製の防具を身に着けており、左手には小さな盾が甲の部分に付いた金属製の小手が填められている。
これで、防御面については問題ないだろう。
攻撃面については、前から持っていた短剣と出来る限り重心や長さ、重さが近い短剣を選び、腰の鞘に収めているだけで、後は何も用意していない。
これは俺の実力では槍や剣を持っていても役に立たないどころか、サルモさんに奪われて利用される可能性も考慮してのことである。
この時点で、準備に使っていい時間を示す時計のカウントは残り五分ほどだった。
「よしっ」
俺は一言呟いて自分自身に気合を入れると、両手を地面に着いて体勢を低くし、クラウチングスタートの姿勢を取る。
「よーい……どん!」
そして、自分で合図を発すると、演習場に続く扉に向かって一気に駆け出す。
俺の動きに反応して演習場の扉が開く。
扉の先に広がっていた演習場は先程までとはまるで違い、霧で満たされると同時に照明が絞られ、本当にダイオークスの外と同じような状況になっていた。
『模擬戦を開始します』
「……」
「!」
扉を抜けた直後。
模擬戦の開始を告げるアナウンスに混じった微かな風切り音を俺の耳が捉え、それに合わせるように俺は前に向かって飛びこみ前転を行う。
「ふん!」
俺の上下が逆転した視界に扉のすぐ横で、サルモさんが刀のようにも見える細い片刃の剣を、のんびりと俺が外に出てきた場合に頭が有ったであろう位置に振り下ろしているのが見えた。
そして、身体を捻りながら一回転する事で、俺がサルモさんの方を向きながら起き上がろうとした時には、剣と床がぶつかり合って大きな音を立てるのが聞こえた。
その剣の速さと音の大きさは、もしも今の一撃をモロに喰らっていたら、確実に気絶させられていたと俺に理解させるのに十分な一撃だった。
「しっかり、俺の話は聞いていたようだな!」
「っつ!?」
サルモさんが俺の方に向かって大きく踏み込みながら、俺の脇腹を狙うように剣を振るい、俺は慌ててさらに一歩後ろに跳ぶことによって剣の軌道から逃れる。
「だが、甘い!」
「がっ!?」
だがその直後にサルモさんが俺に向かって肩から突っ込み、俺は肺から空気が抜け、全身に衝撃が駆け抜けるのを感じながら、大きく吹き飛ばされ、受け身を取る事も出来ずにコンクリートの床に叩きつけられる。
『サルモ・フィソニダに一本。一分以内にハル・ハノイが立ち上がった場合、即座に二本目を開始します』
「がはっ……ぐっ……」
サルモさんが一本目を取った事を告げるアナウンスが聞こえてくる。
ただの体当たりでも鍛え上げた人間がやればこれほどの威力になるのかと、俺は全身が訴える痛みの大きさを感じながら考えていた。
だがまあ、有る意味では予想通りだ。
「すぅ……はぁ……」
「ほう。気絶させるつもりでやったんだがな」
俺とサルモさんの間にはどうしようもない程の実力差が有る事は予想できていた事だ。
だから俺は大きく息を吸って呼吸を整えながら立ち上がると、腰の鞘から短剣を抜く。
『ハル・ハノイの復帰を確認しました。二本目を開始します。始め!』
「ふんっ!」
「ほう……」
そして二本目の開始を告げるアナウンスと同時に、俺は後方に向かって一度大きく飛び、更にそこから数度左右と斜め後ろに跳ぶ。
すると、演習場内の照明の少なさと霧の濃さが相まって、俺の側からはサルモさんの姿は影すら見えなくなり、恐らくはサルモさんの側からも俺が何処に居るのかは分からなくなる。
やがて俺の背中がコンテナに触れる。
俺はその状態になって初めて短剣と小手をしっかりと構え、何処からサルモさんが来てもいいように息を殺した状態で構える。
「すぅ……はぁ……」
俺がこんな行動をとったのは、一つ確かめておきたい事が有ったからである。
と言うのも仮にこの戦法が通じるならば、俺には五分間ひたすら逃げると言う選択肢が産まれるからだ。
「舐められたものだな」
「っつ!?」
そうして構え続けていた時だった。
サルモさんの声と共に微かな風切り音がしたかと思えば、俺のこめかみに石のような物が勢いよく当たり、防具によって弱められてもなお鋭い痛みと衝撃に俺は再び床を転がる。
『サルモ・フィソニダに一本。一分以内にハル・ハノイが立ち上がった場合、即座に三本目を開始します』
「ぐっ……今のは……」
だがその一撃で俺は理解する。
間違いなくサルモさんは特異体質持ちだ。
それもこの不明瞭な視界をものともしない様な特異体質……恐らくは蛇と言うあだ名から察するに、こちらの熱を察知してきているのだろう。
でなければ、何処に行ったのか分からないはずの俺の位置を正確に察するだけでなく、俺のこめかみに向けて正確に石を投擲することなど出来るはずがない。
「すぅ……はぁ……」
『ハル・ハノイの復帰を確認しました。三本目を開始します。始め!』
そして、具体的な方法はともかくとしても、サルモさんがこの不明瞭な視界をものともしないと言う事実は、一つの残酷な真実を俺に突き付けている。
「つまり、正面から挑んで一本を取るか、本当に五分間凌ぎ切れって事かよ!」
「そう言う事だ」
「っつ!?」
気が付けば、叫び声を上げた俺の目の前に、剣を振っている最中のサルモさんが現れていた。
当然、十分に武器を構えられていなかった俺に防ぐ事など出来なかった。
『サルモ・フィソニダに一本。一分以内にハル・ハノイが立ち上がった場合、即座に四本目を開始します』
三本目を取られたアナウンスが演習場に響いた。