第239話「M4-13」
少々唐突ではあるが、ここで何故人の脳が頭に存在しているのかを考えてみよう。
勿論、そう進化したからと言ってしまえば、それだけで終わってしまう話であるし、正確な所は専門家でなければ分からないだろう。
だがそれでも、脳が胴体との間に首を挟む形で、頭の中に在る事に対するメリットとデメリットを述べるくらいは素人なりに出来るはずだ。
まず、脳が頭に在るメリット。
これは、頭に目や耳と言った感覚器が集中しており、その感覚器で得た情報を出来る限り時間差なく処理する事が出来ると言うメリットがまず挙げられる。
また、情報処理だけでなく、生命維持に関わる指令を出す部位が近くある事で、必要な指令の的確さが上昇すると言うメリットもあるだろう。
どれだけ神経の伝達速度が早かろうとも、有限の速度でしかないのだから。
だがこれは同時にデメリットでもある。
脳で処理した情報を元に肉体を動かそうと思った時、脳から四肢の筋肉などに指令が伝わり、動くまでにタイムラグが生じる原因でもあるのだから。
加えて、脳と心臓、この二つの臓器は破壊されれば即死に直結する重要な臓器であるが、この二つの臓器は場所が離れており、同時に守る事が難しくなっている。
それはつまり守備力の分散であり、これもまたデメリットである。
さらに、数が限られている感覚器を有効活用するために、優れた可動性を有する首と言う部分を造ったが、首は脳と心臓と同じく急所であるにも関わらず、肋骨に守られている心臓、頭蓋骨に守られている脳に比べて非常に守りが薄い。
これは、頭に脳が置かれているが故に、新たに生じてしまった非常に大きなデメリットと言える。
「これは……」
だがそれでも、生物はこの形態を維持してきた。
もう後戻りが出来なかったと言うのもあるだろうが、それ以上に最初に述べた少しでも早く情報を処理し、それらへの対応を行うと言うメリットの方が生き残る上で有用だったからだ。
それに、元より野生の世界では、感覚器が潰されてしまえば、大した時間差も無く死ぬ事が決まっていた。
と言う事もあるかもしれない。
さてここまでは前置き。
「ハル君しっかりして!ハル君!」
ここからが本題だ。
頭、首、心臓の繋がりによるメリットとデメリットは今述べた通りだ。
だが、今の話から少し見えて来る事が有る。
幾つかの技術……そう、例えば、感覚器で得た情報が脳に伝わるまでの時間を短縮する方法や、潰された感覚器を瞬時に再生する力などが有れば、頭の中に脳を置く意味はなくなると言う話だ。
もし、そんな技術が在るのならば、生命を維持するために絶対に必要な部位は身体の中の一ヶ所に集め、その場所を強固に守る方が多くの面から見て有益であると言えるだろう。
『ヒヒャハハギハ!死んだ!滅びた!穢れの塊はこれで終わった!!』
そして、我が主『神喰らい』エブリラ=エクリプス様は今言った技術を間違いなく有している。
それは我でも本能のレベルで使える技術だからだ。
「そんな……そんな、ハル君てば……」
「……」
さて、ここまではハルの肉体に仕込まれているであろう技術についてだ。
もし、今起きている戦いで核以外のハルの肉体が損なわれ、その部位が再生しないと言う事態が起きたのならば、それは敵から再生能力などに関係する部分が妨害されている為である可能性が高い。
「ワンス?」
「この世界なら、やれるかやれないかじゃないね。やるかやらないかだ」
そして、エイリアス・ティル・ヤクウィードの『真眼』が正しいのならば、お前の力はその手の妨害にとっては天敵と言っても良い代物の筈だ。
故に、幾つか段階をすっ飛ばす事になって本来なら良くないのだが、これらの知識をお前に授ける。
「すぅ……」
「何を……」
ハルの体内、外の光景が見える透明な球体の中で、ワンスは掌底の構えを見せ、その手に白い光のような物を生じさせる。
その行動をトトリは訝しむが、直ぐに彼女の性格ならば、この場で無駄な事はしないと判断して口を噤む。
「はああああぁぁぁぁっ!!」
裂帛の気合いと咆哮を伴いながら、ワンスの掌底が球体の壁を叩く。
すると、ワンスの手が纏っていた白い光が球体の外に飛び出、球体の外を激しく駆け回り始める。
「これは……」
そう、ここはハルの体内。
球体のすぐ外に在るのは瘴気に似た色で塗られた空間では無く、ハルの肉体だ。
『ん?何が起きて……』
白い光はハルの肉体を隅から隅まで駆けまわっていく。
そして、『クラーレ』の放った紫色の物体と、その物体から生じた黒いコールタールのような力を見つけ次第駆逐し、体内から排除していく。
勿論、ワンスと『クラーレ』の間には埋めようのない程に開いた力の差が有る。
だが、それ以上に、ワンスと『クラーレ』の力の間には絶対的な相性と言う物が存在していた。
『る?』
結果。
ワンスの力によってハルの体内に存在していた『クラーレ』の力は排除され、【堂々なる前】の力によってハルの肉体は一瞬にして再生。
「きゃっ!?」
「っつ!?」
『へ?』
と同時に、体内に居る二人の視界は急速回転。
『ぎぃ……』
頭と言う、潰せば確実に息絶える部位を潰した事で油断していた『クラーレ』には認識できない程に短い時間の内に二人の視界は『クラーレ』の眼軸で埋め尽くされ……
『ぎいやあああぁぁぁ!?』
次の瞬間にはハルの【苛烈なる右】によって『クラーレ』の眼軸は両断されていた。
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