第238話「M4-12」
「さて、エイリアスのおかげでこの箱の仕組みと、あちらの状況は分かったな」
少々時は遡り、箱の外は隔離実験室。
そこでは、シーザが箱の上面に手を置いた状態で話をしていた。
「まず、この箱の中には私たちの住むこの世界とは全く別の世界が収納されている」
「つまり、一見すればただの金属製の立方体にしか見えなかったこの箱の正体は、一種の異世界転移装置だったと言う事になるわけじゃな」
シーザとトゥリエの得た情報を確認する言葉に、隔離実験室の中に集まっていた面々は自分が把握している情報と違いが無い事を認めてから、二人に頷き返す。
「転移装置起動のトリガーはハルが短剣を挿し込む事。そして、装置発動中に箱の中に居る者の身体を箱から離そうとしたものも、箱の中の世界に強制的に転移させられる。ここに生物非生物の差はない」
「ただ、ハルたちの肉体が此処に残っている事から分かるように、飛ばされるのは精神だけなのじゃ」
「となると、強制転移も救出を妨害するためと言うよりかは、精神が戻ってこれなくなるのを防ぐためなのかもね」
「そうでしょうね。でなければ、触れた人間を全員問答無用で飛ばすでしょうし」
シーザたちの視線がハルたちに向けられる。
ハルたちの腕には、点滴用の針が刺さっており、この状況がどれだけ続いてもハルたちが脱水症状や、低血糖などを起こさないように対策が施されていた。
「そして現在、箱の中の世界では巨大化したハルと、エイリアス視点では私たちの世界そのものに見えているものとの戦いが行われている。と」
「その通りなのね」
続けて、箱の方に全員の目が向けられる。
戦いと言う事は、今こうしている間にもハルたちは危険に晒されている。
そのことは間違いない。
だが、何の対策も無く、ただ感情のままに箱の中に踏み込めば、ハルたちの助けになるどころか、邪魔になる可能性が高い。
エイリアスの『真眼』によって得た情報から、シーザたちはそう判断していた。
「分かった。エイリアス・ティル・ヤクウィード。それではもう幾つか確認したい事が有るが、いいか?」
「構わないのね」
「トキシードの方々も……」
「問題ありません」
故に、対策はしっかりと練られることになる。
「では確認だが、現在のトトリたちは、ハルと比べれば豆粒の様な大きさなんだな」
「その通りなのね。ついでに言えば、クラーレ儀は黒ドラゴンよりも更に大きいのね」
エイリアスの言葉に、全員の表情が悩ましげなものになる。
「つまり、私とロノヲニトの二人が中に入って加勢すると言う案は却下するべきだな」
「そうだな。ハルハノイ本来の姿よりも大きい存在を相手にして、我とシーザではハルハノイの負担を増やすだけだ」
そして、ほんの僅かの間思考した結果として、第一案は却下される。
「次の確認だが、この箱に対して何かしらの干渉を行う事によって、箱の中の世界に影響を及ぼす事は可能か?」
「たぶん無理なのね。この箱は、ここに在って、ここに無い。世界と世界を分ける境界線でしかないのね。そして、異世界に引き込むための装置は、箱の中の世界に在るのね。牽引装置が対象にするのは、物理的な実体を有さないものだけ。後、中では望めばどんな物でも手に入るみたいだけど……。うーん、どうにも説明が難しいのね」
「つまり、外側から私たちの技術でもって、直接的にハル様たちを手助けする事は出来ない。って事で良いの?」
「その点については間違いないのね」
エイリアスの言葉に、全員の表情がさらに悩ましげなものになる。
そして、そんな悩ましげな表情に反応してか、隔離実験室の中には絶望感が立ち込め始める。
「つまり、吾輩やロノヲニト、ミスリの技術どころか、世界中の技術を持って来ても、箱の中の世界に何かをする事は出来ないと言うわけじゃな」
「何と言うか、流石はイヴ・リブラ博士って感じだよね」
「全くです……」
「まあ、エブリラ様はニルゲではないしなぁ……」
「だからと言って、このまま諦めると言うわけにもいかないだろう」
「うんそうだね。ハル様たちの為にも絶対に諦められない」
と、思われたが、そこは今までの経験でこの箱を作った存在がどれだけとんでもない存在なのかは全員よく分かっているので、一種の諦めを伴いつつも、全員揃って気持ちを切り替えることで対応する。
「ではどうするかだが、エイリアス。物理的な実体を有さないもの……例えば、情報なんかなら、中に送り込めるんだな」
「うーん……たぶんだけど、渡したい相手の手に、渡したい情報を記録した媒体を乗せたりすれば大丈夫なのね」
「それだけ分かれば問題ない」
それに、先程のエイリアスの言葉には、こちらにとって有益な情報も含まれていた。
その事に気づいた一同は軽い笑みを浮かべて頷く。
「ミスリ。『テンテスツ』を始めとしたトトリの為に造られた武器のデータを纏めろ」
「うん。分かった」
「ワンスについては……」
「我の方から幾つかのデータを渡しておく。ああ、ミスリ。データの記憶なら、これを使えばいい。市販品よりはるかに多くの情報を効率よく記録できるはずだ」
「うん。ありがとう」
ミスリがロノヲニトの右の掌から出てきた特別製の記録媒体を受け取ると、トゥリエ教授とナイチェルの二人を補佐として、早速何かの作業を始める。
「ロノヲニト。ワンスに何のデータを渡すつもりだ?」
「少々特殊な力の使い方とハルの肉体に関して、我が把握している分のデータだ」
ロノヲニトは続けて、左の掌からも先程の物によく似た記録媒体を生み出す。
「そのデータ。コピーは……」
「この件が終わったら渡す。と言うより、この件が終われば、好きなだけ話しても問題が無くなると我は思っている」
「そうか」
そしてロノヲニトはワンスの手に自身が造らせた記録媒体を握らせる。
すると、微かな光が記録媒体からワンスの身体の中に流れ込んだようだった。
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