第232話「M4-6」
「あら?」
「輸送用の車……ですね」
ハルが箱の中の世界で空を飛んでいた頃。
箱の外では、フィーファの案内の下、ロノヲニトたちがエイリアスの家にやって来ていた。
「おや、フィーファ様ですか」
「えーと、貴方たちは?」
ただ、家の前には見慣れない輸送専用の車……要するにトラックが停められており、荷台の前には人が入れそうなほどに大きい段ボール箱を抱えた作業着姿の男が立っていた。
「ああすみません。我々は見ての通り、宅配業者です」
「ん?」
男がそう言うのと同時に、トラックの運転席から男が顔を出し、ロノヲニトたちに向かって挨拶をする。
一見すれば、その動きにおかしい所は無かった。
だが、セブだけは今の男の動きに何か違和感のような物を感じていた。
「宅配?」
「ええそうです。いやー、量が多くて、中々に大変ですよ」
「念のためにお聞きしておきますが、メラルドの絵では……」
「勿論ありませんよ。メラルド・エタス・ヤクウィードの絵はボウツ・リヌス・トキシード全体の財産ですからね。もしメラルドの絵を運ぶのなら、もっと厳重で立派な車を持って来ます」
「そうですよね」
「…………」
セブはフィーファと会話している男が持つ段ボール箱に目をやる。
段ボール箱の包装は荒い。
少なくともプロがやったものではないと、ダイオークスで物流を司る22番塔に所属しているセブには判断できた。
故にセブは思った。
怪しいと。
「と、エイリアスさんは中に居ましたか?私たちは彼女を訪ねてきたのですが……」
「いえ、我々に絵を預けると、描きかけの絵を放置した状態で何処かに行ってしまわれて……」
セブの背は低い。
他の面々に比べれば、頭一つ分は小さいだろう。
だが、その背の低さと、先の疑念。
その二つが合わさった時だった。
「あ……」
段ボール箱の中で輝く黄色い目と、セブの赤い目が会った。
そして、その瞬間セブは全てを察し……
「段ボール箱の中に人が居る!」
叫んだ。
「え!?」
「っつ!?」
もしここで、セブの叫びに男が冷静に反応していれば、この先の流れは大きく違っただろう。
だが、見抜かれると思っていなかった男は思わず反応し、逃げ出そうとするかのように脚を動かしてしまった。
だが、その動きをロノヲニトが見逃す事は無かった。
「ぷっ!」
「ぐっ!?」
「ロノヲニト!?」
ロノヲニトは自身に備わっている各種センサーによって状況を把握。
セブの言葉が正しいと判断すると、口から吹き矢の様なものを発射、作業着の男の首筋に突き刺す。
すると吹き矢が刺さった男は一瞬にして昏倒。
抱えている段ボール箱を落としながらその場に倒れ、段ボール箱は地面に落ちた瞬間……
「ーーーーー!」
痛みを訴えるように、声にならない叫び声を上げる。
「くそっ!逃げるぞ!人質を取れ!!」
「ちぃ!」
「これは……」
運転席の男が声を上げると同時に、エイリアスの家の中と近くの路地から合計三人の男が刃物をちらつかせながら現れる。
そしてこの時点で、ナイチェルたちもようやく彼らが宅配業者などでは無く、何かしらの悪しき意図を以て動いている敵であると認識する。
「護衛役は死んでろ!」
「おらぁ!」
「ぐっ!?」
「フィーファ様!お逃げを!」
二人の男がフィーファの護衛に襲い掛かり、護衛たちもそれに応戦する。
「早く乗り込め!」
と同時に、トラックのエンジンが始動。
この場から逃げ出すべく準備を始める。
「ナイチェル!フィーファ!!」
「……」
「許可します!」
「ふん!」
「なっ!?ぎっ……!?」
だが、トラックが動き出す前にロノヲニトの手がトラックの荷台の下、エンジンなどが置かれているスペースに突き刺さる。
そして、その光景に運転手が驚く間も無く、ロノヲニトは自らの能力を以てトラックの全機能を掌握、トラックそのものを変形させることによって運転席に居る男を拘束する事に成功する。
「くそがあぁぁ!」
だが、逃げる為の脚を奪われた事によって、男たちは不退転の決意を決めてしまった。
そのため、この状況を脱する手段として、教皇の娘と言う人質としてはこの上ない価値を持つフィーファを捕えようと、残った男たち三人全員がフィーファの元に向かう。
「させるか!」
「護衛役を舐めるな!!」
「くそっ!?」
「ごふっ!?」
しかし、陰に隠れて事を運ぼうとする者と、護衛役と言う表に立って守る者の差なのか、護衛役と戦っていた二人の男は、あっという間に捕えられる。
「どけぇ!女ぁ!!」
だが、最後の一人は、他の面々が捕えられる隙を突くことで守りを突破し、フィーファの姿を目前に捉えることに成功する。
護衛はもう居ない。
邪魔になりそうなのは眼鏡の女と計画を台無しにしてくれた女の二人だけ。
男はそう思った事だろう。
「ナイチェル様!?」
「申し訳ありませんが……」
事実、ナイチェルとセブは普段は戦闘要員に数えられていないし、この場においてもそれは変わらない。
「し……なっ!?」
「私たちも……」
だが、彼女たちも第32小隊の人間。
まっすぐ伸ばされた腕を掴みとり、足を払い、その場に倒す事は出来るし……
「ま……」
「最低限の訓練は」
「受けているんだよね!」
倒れた男の股間を全力で踏みつけて悶絶させるぐらいの事は出来るのである。
「ーーーーーーーーーー!?」
後日、この時の男の文字に表せぬほどの叫び声を聞いた、他の男たちは揃ってこう言ったと言う。
『あれは我々の業界でも拷問です』
と。