第23話「入隊試験-5」
俺は総合の試験を受けるために、ダスパさんと一緒に試験が行われる部屋に来ていた。
訪れた部屋の中は天井まではおおよそ3m程で、全面にコンクリートが張られ、床の上には高さ2m程のコンテナが乱雑に複数置かれている他、天井にはカメラらしき物が幾つも設置されており、その雰囲気から察するに普段は屋内訓練場として用いられているのではないかと俺は感じた。
そんな部屋の中心には一人の男性が立っていた。
「ハル・ハノイだな」
「はい。そうです」
男性が俺の名前を呼んだので、俺はそれに返事をする。
と同時に、男性が爬虫類を思わせる縦長の瞳孔を持った目で俺の事を観察し始めるが、俺もそれに怯む事無く試験官と思しき男性の事を観察する。
「まさかお前が試験官とはな。蛇」
「随分な挨拶だな。ダスパ」
男性の身長はだいたい俺と同じだが、その肉体は一目見て分かるほどに鍛え上げられている。
歳の方は顔つきから察するに20代前半と言ったところだろうか。
そして、男性の最大の特徴はやはり爬虫類を思わせる縦長の目ではあるが、それと同じくらい目を惹くのは、黒と緑と茶色の髪の毛が斑に生え、迷彩のようになっている頭髪であり、此処ではともかく自然が多い場所ならばかなりの迷彩効果を上げられそうではあった。
「まあ、そんな事はどうでもいい。ダスパ。余計な事を口走らない内に、とっととお前も観客席の方に上がれ。でないとこのガキが不合格になるぞ」
「……。ちっ、そう言う事かよ……」
ダスパさんはそう言うと不満げな表情をしたまま、俺が入ってきたのとは別の扉に向かって歩いていく。
恐らくはどこか別の部屋で、天井に設置されているカメラの映像を見ることが出来るのだろう。
と同時に、ダスパさんが早々に退散させられたことを考えるに、もう試験は始まっていると考えるべきなのだろう。
となれば、この先は男性の一挙手一投足と一言一言に対して今以上に注意を払うべきだな。
「さて、まずは自己紹介といこう。俺の名前はサルモ・フィソニダ。26番塔外勤第2小隊の隊長だ」
「隊長……ですか」
男性改めサルモさんは腰に手を置いたまま自分の名前を名乗る。
「試験の内容だが、簡単に言ってしまえば俺との一対一での模擬戦だ」
「…………」
この部屋の様相やダスパさんの反応、サルモさんの隊長だと言う自己紹介から薄々感付いてはいたが、やはりそう来たか。
しかし、そうなるとかなり拙いな。
外勤の部隊の人間と言うのは、言ってしまえばプロの軍人のような物であり、そこで隊長を務めるような人間が弱いなどと言う事は間違っても有り得ないだろう。
「安心しろとは言えないが、勿論条件付きだ。でなければ試験にならないからな」
「っつ!?」
と、どうやら不安が顔に出ていたらしく、サルモさんからそう指摘されてしまう。
いかん、始まる前から相手に飲まれてどうするんだ俺。
「詳しい条件の説明をするぞ」
「はい」
そして、サルモさんによる模擬戦の具体的なルール説明が始まる。
それによればだ。
・模擬戦は一本五分で、十本目まで行う
・俺が合格する条件は、十本の内一本でもいいから取るか、凌ぎ切るかのどちらか
・一本取ったかどうかの判断は観客席兼審判席に繋がったカメラの先に居る審判が下すが、基本的には相手に有効打を与えれば一本と判断される
・模擬戦の範囲はこの部屋全域で、部屋の中に有る物は何でも使ってもいい
・仮に俺が一本も取れない内に気絶したりした場合は、その時点で不合格確定
・この後、三十分以内に隣の部屋で俺が装備を整えて、この部屋に戻ってきたら模擬戦は開始される
と言ったところらしい。
十本中一本と聞けば、一瞬楽なように思えるかもしれないが、実際にはそんな甘い条件ではないだろう。
どう考えても俺とサルモさんの間にはそれだけの実力差が有ると言うか、百本中一本でも厳しいぐらいかもしれない。
いずれにしても、こうなった以上はやれるだけの事をやるしかないが。
「ああそれとだ。ハル・ハノイ。お前に言っておくことがまだあった」
「はい?」
と、俺が隣にあると言う準備室に向かって移動を始めた所で、俺の背中に向けてサルモさんが声を掛けてくる。
そこで振り返ると、サルモさんは俺に向かって三本の指を立てていた。
「一つ。この部屋は可能な限り、実戦に近い状況で訓練を行えるように設計されている」
「……」
「二つ。俺にはお前を合格させる気はない」
「……」
「三つ。命が惜しいのなら、今の内に諦めておけ」
「……」
そして、一本ずつ指を折り曲げていきながら、サルモさんは俺に向かって警告を行うと、俺が向かっているのとは逆の方向に有る扉に向かって歩いていく。
やはり試験はもう始まっているらしい。
今の三つの言葉の中にも相当量の情報が隠されているのだから。
「さて、装備はどうするか……」
俺はゆっくりと準備室の中に入る。
そして、壁に設置されたタイマーがその数字を減らしだしているのを確認すると、部屋の中に置かれている無数の装備品の中から必要になるであろうものを見つけ、装備していく。
と同時に考えるのは、どうやればサルモさんに勝てるのかについてだ。
サルモさんがどういう人間なのかという手がかりについては幾つもあるし、この演習場にどのような仕掛けが有るのかについても既に多少は想像できている。
それでも結局は出たとこ勝負になってしまいそうな気がしなくともないのだが。
「ま、やれるだけやってやるさ」
そう俺は呟きながら、身に着けた装備品の調子を確かめ、出来る限りの準備を整えた。
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