第223話「トキシード-15」
「さて、写真も撮ったし、そろそろお暇させてもらうか」
「そうですね。これ以上はトゥリエ教授たちに絵を見てもらってからの方がいいでしょう」
「では、ホテルまでお送りいたしましょう」
「よろしく頼むよ」
メラルド後期の絵を一通り見て回り、その片づけも終わったところで俺たちはホテルに戻るべく部屋の外に出ようとする。
そして、俺が部屋の扉を開けた時だった。
「出来たのねー!」
「へぶう!?」
ピンク色の塊が部屋の中に跳び蹴りを仕掛けつつ突入し、その蹴りが俺の腹に突き刺さったのは。
「ハル君!?」
「ハル!?」
「ハル様!大丈夫ですか!?」
「ハルハノイ!?」
「だ、大丈夫……だ」
吹き飛ばされた俺の耳に、トトリたちの驚くと同時に安否を気遣う声が聞こえてくる。
いったい何が起きたのか……分かっている。
絵を描き上げたエイリアスさんが、俺たちに絵を見せるべく飛び込んできたのだ。
そして、俺の身体の中で未だに強化が出来ない部位である腹にエイリアスさんの蹴りが突き刺さったのだ。
「エイリアスさん!?いったい貴女は何を考えているのですか!」
「絵が描き上がったから、見せに来たのね」
ぐっ……それにしても、この部屋の防音性高すぎだろう……俺の耳をもってしても、エイリアスさんが突っ込んでくることが分からなかったぞ。
後、俺以外にこの飛び蹴りが炸裂していたら、間違いなく悶絶ものだぞ……。
「本当に大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ……」
俺はゆっくりと立ち上がると、エイリアスさんを睨み付ける。
口では大丈夫だと言い、実際肉体的にもそこまでのダメージは無いが、それでも痛い事は確かなのだし、睨み付けるぐらいは許されると思いたい。
と言うか、今回は完璧に被害者だよな。うん。
「すみません、ハル様。こちらの不手際で……」
「ちょっ!?何をするのね!?」
「いえ……大丈夫なんでお構いなく」
で、そうしていたら、フィーファさんがエイリアスさんの頭を掴んで、無理やり頭を下げさせていた。
どうやら本当にエイリアスさんは絵以外の事は駄目駄目なのな。
「それで絵と言うのは?」
「あ、はい。こちらがそうだそうです」
「受け取るといいのね。黒ドラゴン」
で、ここまで来たら毒も食らわば皿までではないが、絵の方もきっちり受け取っておくべきだろう。
でないと痛いだけで損した気分になるしな。
「これは……」
受け取った絵は二枚あった。
で、まずは一枚目。
「鳥と狼なのね」
エイリアスさんはそう言いながら、トトリとワンスの事を指差す。
やはりトトリが鳥で、ワンスが狼だったらしい。
そして肝心の絵の内容だが……
「と……り……?」
「ほっ……」
「私はノーコメントで」
「流石は『真眼』の持ち主と言ったところか。良く見ている」
ワンスの方は白く凛々しい、けれどどこか優しげな狼に似た生き物が描かれていた。
それは間違いなくワンスの優秀さか、秘められた能力にエイリアスさんの『真眼』が反応した結果であり、邪悪さとは無縁の絵だった。
「……」
「私は見たままを描いただけなのね」
トトリがエイリアスさんの方へ静かに顔を向け、両の瞳で見るが、エイリアスさんは胸を張ってそう言うだけだった。
だがトトリの反応も当然だろう。
なにせトトリの絵は……多種多様な鳥を組み合わせることによって、巨大な一羽の鳥を形作ると言う何処かだまし絵的な姿であり、邪悪さはなくとも、ワンスの狼の様な気高さは無かったからだ。
「あー、トトリ。これは特異体質ゆえのものであって、お前の心とは関係ないからな?」
「……。分かってるから安心して、ハル君」
「そ、そんな目で見ても描き直したりはしないのね!ヤクウィード家の人間として、ありのままを描いた絵を描き直す事はしないのね」
「うん、分かってる。別に描き直さなくてもいいよ。うん。ただちょっと気になっただけだから」
ヒイィ!?鳥が!?鳥がまたトトリの周囲を飛び交ってる!?
これ絶対怒ってるよね!?怒ってるよね!トトリさぁん!?
そうやって俺とエイリアスさんがあからさまに怯えた表情を浮かべている時だった。
「トトリ様。描かれただけいいじゃないですか。私なんて描かれてもいないんですよ……」
「あ、ごめんなさい。ナイチェルさん……」
ナイチェルがトトリを止めてくれたのは。
「め、眼鏡が女神に見えるのね……」
「その点については同意する……」
気が付けば鳥は居なくなっていた。
どうやら助かったらしい。
「それで、我とハルハノイについてはどうなっているのだ?」
「あ、アタシもそれは見たい」
ロノヲニトが二枚目の絵を見る。
そこに描かれていたのは黒い鱗に全身が覆われ、角と翼を生やした六つ眼の首長竜と、鋼鉄製の卵のような物に入れられた小さな竜の絵。
どちらも一般的な竜の姿とはかけ離れている気がしたが……確かに竜ではあった。
で、ロノヲニトの本体は球体の形をしている。
となれば、後者はロノヲニトの絵だろうな。
そして、後者の絵がロノヲニトならば……前者は当然のように俺の事を表した絵なのだろう。
「黒ドラゴンも球ドラゴンも自信作なのね」
「この首長竜の手と尾って……」
「ああ、そっくり……だね」
尤も、ロノヲニトの絵が無くとも、前者の絵が俺の事を示している事は直ぐに分かっただろう。
なにせ、首長竜の両腕と腰から下の部位は、俺が使う【堅牢なる左】【苛烈なる右】【不抜なる下】にそっくりだったのだから。
そして、それはつまり、今後俺が得る能力も、この絵に描かれている首長竜の一部を取ると言う事に他ならない。
いや、そもそもとして……この首長竜こそが、俺本来の姿なのかもしれない。
俺はそんな事を思わずにはいられなかった。
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