第222話「トキシード-14」
「ロノヲニト!」
「技術的に可能であるか否かという問いならば、可能と言う他ないだろう。我とハルハノイを作り出したぐらいなのだからな」
ワンスの叫びに、その意を察したロノヲニトが応じる。
「それじゃあ、二人が同じ時代の人物であっても……」
「ええ、イクス・リープス氏とイヴ・リブラ博士の正体は、ハル様たちを造りだし、トトリ様たちと一緒にこの世界に送り込んだ人物。『神喰らい』エブリラ=エクリプスであっても問題にはならないと言う事になります」
トトリの疑問にはナイチェルが答える。
「ですが、ハル様の記憶だけで断定するのは……」
「だがこれで、聖地にシェルターが有った理由にも説明が付けられる。二人は同一人物だったんだからな。信者に気づかれず、シェルターの一つを作るぐらいは片手間ですらなかったはずだ」
「それは……そうですが……」
フィーファさんも俺の言葉には納得せざるを得なかったようだ。
「しかしこうなると、あの疑問にも納得がいきますね」
「あの疑問?」
「現在この世界に残っている都市はそのほぼ全て……そう、一つの都市を除いて、全てダイオークスを模したものか、ボウツ・リヌス・トキシードを模したものなのです」
ナイチェルが自らの記憶を確かめるように発したその言葉に、全員の注目が集まる。
「何故、この二つの都市と二つの都市を忠実に模した都市ばかりが今まで生き残れたのかは、皆妙だと思ってはいても、説明がつかなかったんです。でも今回の件で説明が付きました」
「……」
「そうです。『神喰らい』エブリラ=エクリプスと言う一人の人物が、イヴ・リブラ博士として科学の面から、そして、イクス・リープス氏が倫理の面から舵を取っていたからこそ、今の今まで都市機能が破綻せずに持続し続けていたのではないか。そう説明が付きませんか?」
「確かに。その二つを同じ人物が主導していたなら、親和性が高く、馴染みやすいのは当然だろうね」
「でもそうなると、この世界の人たちはずっとイヴ・リブラ博士が用意していた筋書き通りに働かされていたって事?」
「恐らくはそう言う事になります」
「「「……」」」
ナイチェルの言葉に俺たちは全員一度黙り込む。
しかし、科学……つまりは技術や知恵と言った面と、宗教……つまりは倫理や文化と言った面。
この二つを完全に牛耳ることが出来るのならば……そりゃあ、自分の影響力が及ぶ範囲なら、全てを思い通りに動かせるだろうな。
何と言うか、改めてイヴ・リブラ博士の恐ろしさを思い知らされた気分だ。
「この際……そう、この際です。我々が開祖イクス・リープスの敷いたレールの上に居る事は良いとしましょう。現状では、イヴ・リブラ博士の技術も、開祖イクス・リープスの教えも、人類が生き残るためには必要な物だったのですから」
そう、それもイヴ・リブラ博士の恐ろしい点だ。
イヴ・リブラ博士の技術が無ければ、確実にこの世界の人たちは滅亡していたし、イクス・リープスの教えが無ければ、高い確率で人は滅んでいたはずだ。
そして、聖陽教会の教え自体には特におかしな点は無いし、イヴ・リブラ博士の理論が正しいのは多くの科学者が認めている。
つまり、今のところアイツは何一つとして間違った事はしていない。
俺たちが感じている悪寒は、その二つをたった一人の存在から齎されたからに過ぎないのだ。
「問題は……そう。このレールの先に有るものです。もしもレールの先に有るのが滅びならば……」
だが最も恐ろしいのは、これだけの事が出来るイヴ・リブラ博士が何を望んでいるのか。
それが未だに明らかになっていない事が、最も恐ろしく、厄介な点なのだ。
「フィーファ様。メラルド・エタス・ヤクウィードの描いた、残りの絵も見てみましょう」
「そうです。まだ開祖とイヴ・リブラ博士が同一人物かもしれないと言うだけです」
「そうだね。アタシも残りの絵を見てみることに賛成するよ」
「イヴ・リブラ博士の目的について、何かしらの手掛かりが有る可能性は高いと思います」
「そう……ですね。まずは見てみましょう。話はそれからです」
だが、この場でこの事実が明らかになったのは、まだ幸いと言えただろう。
この場にはメラルドの描いた真実が……イヴ・リブラ博士がわざと残した可能性もあるが……残っているのだから。
「持って来ました」
俺たちはこの場に居ない面々の為に写真を撮りつつ、メラルドの描いた絵を順々に見ていく。
そして分かった事だが、メラルドの後期の絵。
そこには多くの事実が含まれていた。
例えば、空に禍々しい、血のように紅い光を放つ彗星が在り、その彗星からは瘴気と光の帯が放たれた絵。
絵の中では彗星から伸びた瘴気が地上の動物たちを絞め殺している事と、光の帯が人々に絡み付き特異体質のような物を発現させていた事から、全ての始まりがこの彗星に在る事が明らかにされていた。
例えば、ミアズマントと人々の戦いが描かれた絵。
よくよく見れば、ミアズマントの背後には人形を操る人形師のように、豪勢な衣装を着た誰かが立っていた。
それは、ミアズマントを背後で操る者が居る事を指し示す絵だった。
例えば、トキシード建築の様子を描いた絵。
遠方には微かに瘴気が描かれ、こちらに向かって来ているのが分かるようになっていた。
それはつまり、瘴気がどちらの方向からやってきていたのかが、瘴気の出元がどこに在るのかを示していた。
例えば、何かの作戦を立てている光景を描いた絵。
よく見れば、作戦を書かれたボードには『虚空還し』の写真が載せられ、『虚空還し』から周囲のミアズマントに向かって無数の線が伸ばされていた。
そう。メラルド後期の作品には、幾つもの真実が隠されていた。
まるで、誰かからの追及を逃れるかのように。
そして、その追求をしていた存在もすぐに分かった。
「はぁ……明らかになった事を、ここで吹聴はするな。奴の耳が近づいてくるのは何となく分かるが、此処では逃げられないからな」
「「「……」」」
だがロノヲニトの注意を受けて、誰もその事を口に出そうとはしなかった。
ロノヲニトの言葉は暗にこう言っているのだ。
瘴気の出元を知ろうと言う者、ミアズマントの後ろに居るものを知ろうとした者、これらの真実を知った者を『虚空還し』は襲ってくる……と。
「ロノヲニト。分かっているとは思うが……」
「この期に及んで我も何かを隠そうとは思わない。ただここでは駄目だ。分かってくれるな」
「分かった」
この場でこれ以上の追及は出来なかった。
しかし、誰もがロノヲニトの言葉に納得する他なかった。
『虚空還し』こそがミアズマントたちの王であり、イヴ・リブラ博士が討とうとしている相手である事だけは間違えようがなかった為に。
09/30誤字訂正