第218話「トキシード-10」
翌日こと、トキシード来訪三日目。
俺たちは予定通りに行動をしていた。
「こちらです」
「相変わらず迷路みたいだね」
「迷わないように気を付けないと」
と言うわけで、現在はトキシードの端の方、建造前の地形から考えれば、恐らくは地下に分類されるであろう層に造られた迷路のような住宅街を俺、トトリ、ワンス、ナイチェル、ロノヲニトの五人に、フィーファさんとその護衛二名、計八人で歩いている。
「此処を曲がって……次はこっちですね……」
「しかし、どうしてこれほどまでに複雑なのでしょうか?」
「確かに。此処は瘴気を伴わない外敵を警戒するような場所だとは思えないな」
しかし、案内役であるフィーファさんですら地図を手放せないって、幾らなんでも複雑すぎないか?
これだけ複雑だと、いざって時に困るだろ。
「実を言えば、この周辺の層だけ異常に複雑なのは、ヤクウィード家が原因なんです」
「ヤクウィード家が原因?」
と、そんな事を疑問に思っていたら、多少単純なエリアに入ったのか、フィーファさんが訳を説明してくれた。
で、その説明を簡単に纏めるとだ。
まずヤクウィード家は、トキシードを建造し入植したメラルド・エタス・ヤクウィードを初代としたトキシード有数の名家である。
初代の影響なのか、ヤクウィード家からは芸術分野に秀でた人間が数多く輩出されている。
なお、ここで言う芸術分野とは、絵画、音楽、彫刻と言った物だけでなく、建築も含まれている。
で、イクス・リープスと歴代塔長から、他の層に影響を及ぼさなければ、この層に限っては好きなようにしてもいいとヤクウィード家は言われており、そんなヤクウィード家を慕って他の芸術家たちもこの三百年の間に集まってきた。
「で、その結果がこの迷宮か」
「はい。常に層の何処かで解体と建築が行われていると言っても過言ではなく、他の層から来たなら地図は絶対に必要です」
俺は改めて周囲の建物を見てみる。
すると、確かにどの建物も細かい部分まで装飾が施されているし、窓から家の中の様子をチラリと窺えば、絵を描いている人間や陶芸をしている人間が至る所で見られたし、高そうな絵画が幾つも飾られている部屋もあった。
ああうん、なるほど。
この層全体が巨大な美術館兼アトリエみたいになっていると言う事ね。
なら、地図が必須なのも頷ける。
ちなみに、迷路みたいだから犯罪者が隠れ住むのに丁度いいんじゃないかと勘違いする輩も時々居るそうだが、層の出入り口は全て常時チェックされている上に、此処に住む芸術家とその家族たちはほぼ全員が顔見知りかつこの層の地形を把握しているので、むしろ袋の鼠になるそうだ。
恐ろしい。
「と、此処がそうです」
やがて、外壁が間近に見えるような場所……つまりはこの層の端に来たところで、フィーファさんが足を止める。
そこに在ったのは一階はレンガ造りの建物で、二階は現代的な建物、天井にくっつく三階は全面ガラス張りと言う建物だった。
「エイリアスさん。昨日連絡したフィーファ・エタナ・アグナトーラスです。入ってもよろしいでしょうか?」
フィーファさんが木製のドアをノックして、声を呼び掛ける。
「……」
「返事が無いね」
「だね」
が、返事はない。
「ハル様」
「んー……音を聞く限りでは、中に人は居ると思う」
俺は幾らか耳の方に意識を集中する。
うん、微かではあるが、中から筆を動かすような音が聞こえるし、この家の中に誰かが居るのは間違いないと思う。
「しょうがないですね」
フィーファさんが懐からスマホの様な通信機器を取り出し、何処かに連絡を取り始める。
それも一ヶ所では無いようで、通信機器を操作する動作を数度間に挟みながら。
「よし」
どうやら連絡が取り終ったらしい。
フィーファさんがこちらを向く。
「上の許可の下、このドアのロックを遠隔操作で解除してもらいましたので、今から家の中に入ります」
「えと、良いんですか?」
「恥ずかしながら、彼女は一度仕事に集中すると、他の全てが疎かになるタイプなのです。なので、此処で彼女を待っていても最低数時間は家の中に入れません。では行きましょうか」
「……分かりましたっと」
フィーファさんが家のドアを開け、俺たちもフィーファさんの後に続いて家の中に入る。
正直、この入り方はどうなんだとか、外見木製なのに実は電子ロックが掛けられるドアとか、突っ込みたい所はあるのだが……まあ、上の許可はあるそうなので、大丈夫だろう。
「失礼します」
俺たちは家の中をゆっくりと歩いて行き、まずは唯一物音がしている部屋を訪れる。
「やはり仕事中でしたか」
「…………」
そこには椅子に座り、イーゼルに立てかけられたキャンバスに絵を描いている女性が居た。
女性はどうやら俺たちが入って来たことに気づいていないらしく、床に着くほど長い桃色の髪を反動で揺らしながら、静かに、けれど熱心に絵筆を動かし続けていた。
「彼女がエイリアス・ティル・ヤクウィード。現ヤクウィード家の当主です」
俺はフィーファさんの言葉を聞きながら、彼女……エイリアスさんの描いている絵を見てみる。
キャンバスには……人……間……?
うん、人間だよな。人間の筈だ。
とにかく、全身鎧を身に着け、大きな盾と細い剣を持ち、複数の怪物を切り倒している人間が描かれている絵が描かれていた。
何故か、人間の全身からはテレビのアンテナのような物が複数飛び出していたが。
「さて、彼女の仕事を邪魔しても悪いので、私たちは……」
「ん?ああ、絵の具が切れたのね。新しいのを出すのね」
で、仕事の邪魔をしては悪いとフィーファさんが部屋の外に出ようとした時だった。
エイリアスさんが立ちあがり、俺たちの方を見る。
そして俺の事をエイリアスさんの不健康そうな黄色い目が捉えた瞬間だった。
「ド……」
「「「ド?」」」
エイリアスさんの目が大きく見開かれ……
「ドラゴンンンンンン!?」
その細い体からは想像できない程に大きな声を発したのは。