第215話「トキシード-7」
「ここがそうです」
「へぇ……」
セブをキャリアーの中に、トトリを見張り役として建物の外に残し、俺たちは聖陽教会にとって聖地とされる建物の中に入る。
「見た目はやっぱり普通の建物なんだな」
「まあ、三百年前まではイクス・リープスが住んでいたわけだしね」
建物はレンガ造りであり、特に変わったところはない。
ただ三百年前の建物であるため、家具の類は残っていない。
埃も無いが……こちらはトキシードの人たちが聖地として管理しているからだろうな。
「それで、此処がそうか?」
「その通りです」
で、俺たちがやってきた居間っぽい部屋だが、部屋の中心の石畳が少しだけ浮いていた。
「開けます!」
護衛役として付いて来たトキシードの人が、二人がかりで浮いている石畳に手を掛け、持ち上げる。
持ち上げられた石畳は扉のように動き、地下に続く階段がその姿を現す。
ふむ、どうやら扉の表面に薄い石のタイルを張り付ける事によって今までは偽装していたらしい。
とは言え、普段からああやって少し浮いていたのだとしたら……うん、この仕掛けに今まで気づかなった事に対してトキシードの人たちが悔しがるのも仕方がない事かも知れない。
「この下にエアロックに通じる扉が在り、エアロックを抜けた先にシェルターが在ります」
「周囲の警備は我々が全力で行いますので、お気が済むまで調べてください」
「分かった」
トキシードの人たちに見守られながら、俺、ワンス、シーザ、フィーファさん、それにトキシードの人が二人ほど階段を下りて、エアロックの中に入っていく。
さて、ここからが調査すべきエリアだな。
------------
「どうだ?ハル」
「うーん……」
エアロックの中には何も無かった。
で、シェルターの中については、いつも通りにコンクリート打ちっぱなしで殺風景な光景が広がっていた。
勿論、シェルター内に普通に在った物は既にトキシードが回収分析しているとの事なので、殺風景なのは当然なのだが。
「たぶんだけど、この壁だな」
「壁……ですか」
で、こう言うシェルターの調査もこれで三度目だからな。
直感と言うか、イヴ・リブラ博士が俺の中に残した仕掛けに従って調べれば、怪しい場所は簡単に特定できる。
「ああ、叩いた時の音の感じからして、壁の中に何個か、シェルターを作るのには意味の無さそうな物が埋まってる」
「つまり、異世界転移のマーカーか」
「たぶんだけどな」
今回俺が妙に感じたのは壁の中だった。
うん、この方向の壁だけ、なんか妙なものを感じる。
「フィーファ様」
「……」
フィーファさんは何か悩んでいるようだった。
いや、何かでは無いな。
俺の言葉を信じていいのか。
聖地そのものではないが、このシェルターの壁を壊してしまってもいいのか。
そう言う事を悩んでいるようだった。
「ハル……」
「ハル」
「言われなくても待ちます」
うん、この場は待つしかないな。
俺が勝手な真似をすれば、調査がここで打ち切られかねない。
「やりましょう。責任は私が持ちます」
「よろしいのですか?」
「ええ、ただ上の建物に被害を出さないように、細心の注意を払いつつです」
うん、許可は下りたか。
ならやらせてもらおう。
「確かキャリアーの方に工具が……」
「【苛烈なる右】起動」
俺は低出力版の【苛烈なる右】を最低サイズで起動。
普通の人間の目には見えないそれを、手袋のように右手に纏う。
「よっと」
「え!?」
そして、右手の指を壁に押し当て……削り取る!
「な、何を!?」
「あった」
壁に突き刺さった指は根元まで入ったところで、明らかにコンクリートでは無い別の何かを感じ取る。
「引き抜くぞ……っと」
「……」
俺は【苛烈なる右】を解除すると、それを掴み、壁から引き抜く。
「それが今回のマーカーか」
「金属製の筒……みたいだね」
「だけど、間違いない。いつもの様に、複数の金属が使われてる」
俺が壁の中から引き抜いたのは、筒状の物体だった。
筒の基本的な素材は鉄。
だが、その表面と内側には別の金属によって幾何学的な模様が描かれている。
うん、俺たちが今までに発見した釘や回路と、同一の役割を持つ物と見ていいだろう。
「フィーファ様……その……」
「どうしましょうか……?」
「……。工具を使うより、明らかに傷は小さく済んでいます。注意はしますが、調査は続行しましょう」
「ん?」
で、その後。
フィーファさんに今みたいな事をするならきちんと事前に言うようにとの注意を受けつつも、俺たちは調査を進め、壁の中から似たような金属製の筒を、最初のもの含めて計六本回収した。
「六本……か」
「詳細は窺っていませんが、母から聞いた話では、教師の方ともう一人の少年が、目覚めたばかりのウリヤさんたちに外の様子を窺ってくると言い残してエアロックの方に向かったと言う話を聞いています。なので……」
「まあ、そう言う事なんだろうな」
湯盾たちと一緒に飛ばされた面々にもやはり死人は出ていた……か。
「その……」
「短剣を挿し込める場所をとっとと掘り出す」
俺は六個の小さな穴が開けられた壁に向かい、怪しい場所表面のコンクリートを削る事によって短剣を挿し込むための場所を探り出す。
「挿すぞ……」
そして俺は『テトロイド』で回収した短剣を取り出すと、ついさっき探り当てた場所に挿し込む。
「まだ下が有るのか……」
「なんて技術だ……」
するとシェルターの床の一部が動き出し、地下に続く階段が現れる。
「ハル……」
「今は調査を優先する。死んだ奴らの事で嘆いたって、生きている仲間を守れるわけでもないしな」
俺のことを心配するワンスの頭を撫でながら、地下へと向かった。