第212話「トキシード-4」
「げほっ、ごほっ、じょ、女性関係って教皇様!?」
「あら?」
「ん?」
俺は呼吸を整え、口元を拭きながら教皇様に問い返す。
だが俺の発言に、教皇様も湯盾たちも妙なものを見るような顔をする。
しかもよく見れば、トトリとロノヲニト以外は全員教皇様たちと同じような顔をしていた。
「ウリヤ。私は確かに女性関係と言ったわよね」
「ん?あー、もしかしたら翻訳機能が妙な翻訳をしたのかもしれません。羽井、ちょっとこれを見てくれ」
「何だ?」
一体どうなっている?
俺は周囲の反応から異常を感じ取りつつも、湯盾が懐から出して今そこで書いたメモ帳の内容を見る。
「なんて書いてある?」
「えーと、俺の人間関係について。って書いてあるな」
「これがさっき教皇陛下がお前に聞きたかったことだ。まあ、正確にはお前の能力やそこのガイノイドに関係する部分についてだな」
「……」
湯盾のメモ帳と言葉に、俺はどうして教皇様の仰った人間関係と言う言葉が女性関係と言う言葉に誤変換されたのかを理解する。
「あー……そう言う事か」
考えてみれば、イヴ・リブラ博士もロノヲニトも性別は女だもんな。
となれば、悪意を以て教皇様の言葉を変換すれば、人間関係が女性関係になるのかもしれない。
本当に悪意しか感じないが。
「翻訳能力も万能じゃないって事な」
「だからと言って女性関係って訳されるのはどうかと思うけどね。ハルならそうなってもおかしくはないのかもしれないけど」
「ぐっ……」
ワンスから冷静なツッコミが入るが、ここで返すのは墓穴だな。
素直に諦めよう。
「それで……」
「好きに話して良いぞ。ロノヲニトの事を向こうが知っている時点で、これは再確認のような物になるだろうからな」
「問題が有ったら吾輩たちが訂正するから安心するのじゃ」
「分かりました」
で、俺は一応シーザたちの方を見て、何処まで話して良いかを視線で尋ねる。
そしたら、ありがたい事に分かっている事は全て話してしまって構わないと言う答えが返ってきた。
「じゃあ……」
そして俺は話した。
イヴ・リブラ博士について分かっている事も、ロノヲニトが俺の姉に当たる存在であることも、俺がこの世界の人間でも元の世界の人間でもない事を。
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「ふぅ……ざっとこんなところだ」
「「「……」」」
俺の話が終わった時、部屋の中には重苦しい沈黙が立ち込めていた。
これはどうやら、ダイオークスから伝えられていない話も俺の話には混じっていたっぽいな。
まあ、言ってしまった物は仕方がないが。
「……。つまりこういう事か?俺たちは、お前のクラスメイトだったから、この世界に飛ばされた可能性がある。と」
「まあ、その可能性については否定できないと言うか、多分そう言う事なんだと思う。相手が相手なもんで、断言はできないけどな」
口ではこう言いつつも、湯盾の指摘は間違っていないと俺は内心で思っていた。
でなければ、わざわざトトリたちを俺と一緒にこの世界に飛ばす必然性が見えてこないしな。
まあ、全く別の目的が実はありました。とか言われても、納得はさせられてしまうのだろうが。
「怨むか?」
実行者がイヴ・リブラ博士であり、そこに俺の意思が関わっていないにしても、俺以外のクラスメイトがこの世界に飛ばされた原因の一端に俺が居る事はまず間違いない。
だから湯盾たちに問いかける。
家族から引き離された事を、故郷を無理やり旅立たされたことを、何人ものクラスメイト達が死んだ事で、俺の事を怨むかと。
「……」
「怨まないでいられる理由があると思うか?」
「そんな事を聞いて怒らないでいられると思う?」
「ま、そうだろうな」
トトリからは何も無い。
だが、湯盾と南瓜さんからは明確な言葉が、その傍に居る他の面々からは明らかな怒気が伝わってくる。
しかしこればかりは甘んじて受け入れるほかない。
それ以外に俺に出来ることはないのだから。
「……」
そうして、再び部屋が静まり返った時だった。
「だがまあ、俺たちトキシード組が羽井の事を怨む事はない。怨みなんてそんなくだらない物にリソースを裂ける余裕があるなら、もっと有意義な物に使う。死んだ奴らには悪いと思うがな」
「そうだな。こっちにも幾らか愛着が湧いて来てるし」
「人を貶める暇が有るなら自らを高めよ。だ」
「そもそも羽井さんを怨んだところで、状況が変わるわけでもないですしね」
湯盾たちの口から出てきたのは、俺を怨まない……いや、俺のことなど気にする気はないと言う言葉だった。
大土が言ったのは……恐らく聖陽教会の教えとやらだろうな。
まあ、俺が気にする事ではないが。
「悪いけどアタシたちは無理。悪いのが羽井じゃないって分かっていても、そんな簡単には割り切れない」
「だからと言って、羽井君に何かする気はないけどね。助ける気にもなれないけど」
「でも無理……」
逆に『春夏冬』の三人からは俺の事を怨む……ああいや、この程度なら、不快に思っている程度か。
とにかく、南瓜さんたちは俺に対していい思いは抱いていないらしい。
まあ、こちらの方が想定通りの反応ではあるな。
「ま、別にそれでいいさ。この件は俺から何か言える事じゃないしな」
「では、そろそろ今後について話しておきましょうか」
「そうですね。そうしましょうか」
「分かった」
いずれにしても、俺がやること自体は変わらない。
教皇様、ヴェスパさん、シーザの三人が今後の予定について確認し合うのを聞きつつ、俺はそんな事を思っていた。