第211話「トキシード-3」
「『ダイオークス』の方々。『アーピトキア』の方々。そして、異世界の方々。この度は遠路はるばるボウツ・リヌス・トキシードを訪れて下さりありがとうございます。どうぞこちらへ」
教会の中に入った俺たちはそれから少々歩き、一つの扉を開ける。
扉が開かれた先には大きな部屋となっており、長いテーブルと複数の椅子が置かれ、扉から一番離れた場所の壁にはガラスが填め込まれ、外の綺麗な青空と禍々しい瘴気の海が一望できるようになっていた。
そして、そのガラスの前には逆光で顔は見えないが、五つの人影が在り、一人は座り、残りの四人は鎧を身に着け、座っている一人に寄り添うように立っていた。
「では」
ヴェスパさんを先頭にして俺たちは部屋の中に入っていき、全員が入ったところでフィーファさんともう一人居た案内役の男性が部屋の外に出て扉を閉める。
「さて、貴方たちを招いた者としてまずは私から名前を名乗るべきですね」
自らの立場を示すように豪華ではあっても派手ではないように作られた司祭服を身に纏った女性が、椅子からゆっくりと立ち上がり、色以外はフィーファさんによく似た目で俺たちの顔を一通り見回す。
「私の名前はエタナール・ファイ・プリエス・アグナトーラス。聖陽教会の教皇です。改めてよろしくお願いします」
そして教皇様は自らの名を名乗ると、静かにほほ笑む。
その笑みは、この都市の主として、中立派と呼ばれるものとして相応しいであろう柔和な物だった。
ただ一つ突っ込んでもいいだろうか?
「えと、教皇様……なんですよね。間違いなく」
「はい。そうですが?」
「どう見ても子供が居るとは思えない程に若々しいんですけど……」
「良く言われます」
教皇様。貴女一体おいくつですか?
思わずそう聞いてしまいたくなるほどに教皇様は若々しかった。
いや、女性に年齢を尋ねるのが失礼な事は分かっているよ。
それでも尋ねずにはいられない程に若々しかった。
トトリたち異世界人組も俺に同意するかのように、しきりに頷いていたし。
「これでも今年で42になるのですが、特異体質のせいで中々年を取れず、少々困っているぐらいなのですよ」
あー……特異体質かぁ……考えてみれば、ドクターやトゥリエ教授の例もあるし、有り得なくもないのか……。
それでも、どう年齢を高く見積もっても二十代前半にしか見えない外見で、フィーファさんが隣に居ても姉妹としか思えないその姿には驚く他ないが。
おまけにこの世界の生産物資の優先度的に、使っている化粧品も最低限の量だろうしな。
「あー、エタナール教皇陛下。そろそろ私たちも名乗ってよろしいですか?」
「この声……」
と、ここで教皇様の隣に立っていた四人の内の一人が声を上げる。
その声は、久しく聞いていなかったが、確かに聞き覚えがある声だった。
「そうですね。早々、言葉遣いも元のに戻して構いませんよ。此処は公式の場ではありませんから」
「では失礼させてもらいます」
教皇様の近くに居た四人が兜を取る。
「ふぅ……久しぶりだな」
「よっ」
「やっと会えたな」
「皆久しぶり」
「あ……」
「やっぱりか」
兜の下から出てきたのは、以前渡された名簿で見たのと同じ顔……つまりは俺たちのクラスメイトの顔だった。
「さて、お付きの方々の為にも、一応自己紹介をしておこうか。羽井たちのクラスメイトで、聖陽教会教皇直属親衛隊に所属する湯盾ウリヤだ。こちの言い方ならウリヤ・ユノタテだな」
「同じく、巌流フミヤ」
「大土トール。右に同じだ」
「青凪ショーコです。よろしくお願いします」
勿論、四人とも向こうに居た頃とは髪の色も目の色もまるで違う。
眼の色は全員赤紫色になっているし、髪の毛は湯盾が黄色、巌流が赤、大土が黄金色、青凪さんが青く染まっている。
だが、その顔と声は間違いなく俺たちのクラスメイトである四人のもので間違いなかった。
「ああ、皆久しぶりだな」
「ううっ、皆久しぶり」
四人に向けて俺も声を掛け、トトリも若干涙ぐみ、俺の服の裾を掴みながら四人に声を掛ける。
「おっ?」
「へー」
「あら」
「ほー」
「…………」
その反応に四人が何か察したようだが……うん、気にしないでおこう。
蛇が居そうな藪を突く趣味は無い。
「と、とりあえずお互いの自己紹介を済ませて、優先して話すべき事を話した方が良いんじゃないか?そのためにわざわざ直接赴いたわけだしな」
「いや、これは十分に優先して話すべき事柄じゃ……」
「そうですね。そうしましょうか」
「陛下……そんな御無体な……」
と言うわけで、少々無理やりにでも話を進めさせてもらうとしよう。
教皇陛下も乗ってくれたことだしな。
「ではまずは……」
俺たちは全員それぞれの所属都市に分かれて席に着く。
これで一息吐くことが出来る。
俺がそう思って気を抜き、用意されていた飲み物を口に含んだ瞬間だった。
「ハル・ハノイさんの女性関係について問い質しておきましょうか」
「ぶふぅ!?」
教皇様の発言に俺は口の中の飲み物を吹く他なかった。