第210話「トキシード-2」
「教皇の娘とは、また大物が出てきたものだね」
「そうでもありませんよ。現31番塔塔長の姪でもあるワンス・バルバロ様」
フィーファさんの言葉にワンスの片眉がピクリと反応する。
どうやら案内役として、フィーファさんは俺たちについての情報を得ているらしい。
問題はどの程度の情報を得ているかだが……。
「何せ権力を持っているのは私では無く、母でもある教皇陛下ですから」
「だとしても、VIPには変わりないと思うけどねぇ」
「でも、こういう時には真っ先に走らされますよ」
「へぇ……大変そうだね」
「ええ、大変です。嫌ではありませんが」
ふうむ、ワンスが塔長の姪であると言うのは、結構有名そうだし、ちょっと分からないな。
「それで案内役との事ですが、私たちをどちらに案内してくださるのですか?」
「心配なさらなくとも、当初の予定通り教皇陛下の元にです。ただその前に一つよろしいですか?」
「何でしょうか?」
「念の為に皆様の名前を確認させて下さいませ。間違いが有ってはいけませんから」
そう言ってフィーファさんは俺たちの所属と役割、名前について、一人ずつ確認していく。
そして確認をする中で分かったのだが、どうやらフィーファさんは俺たちに関してかなり踏み込んだ情報まで持っているらしい。
と言うのも……
「それで貴方様がハル・ハノイ様で、そちらの御方がロノヲニト様。あの稀代の科学者イヴ・リブラ博士が作り上げられた存在……それこそ実子と呼んでも差し支えの無いお二人なのですね」
「へぇ、そこまで知っているのか」
「はい。情報の出所は言えませんが」
「ほう……」
俺とロノヲニトの正体についてまで知っていたからだ。
情報の出所は……まあ、まず間違いなく塔長会議だろうな。
こう言っては何だが、ロノヲニトの正体を教えず他の都市に送り込み、なおかつその正体がばれたりしたら、それだけで結構な問題になる事は想像に難くないし。
そう考えれば、フィーファさんが知っていてもおかしくはないのだろう。
「ただまあ、その件はダイオークスでも表に出していないし、口外しないで貰えると助かる。そうでなくとも、あの女の息子だなんて俺にとっては願い下げだしな」
「はぁ……?そうなのですか?」
「む……」
「そうなんだよ」
「ではそのように」
ただ、イヴ・リブラ博士の息子扱いは止めてもらいたい。
ロノヲニトにとっては喜ばしい事かも知れないが、今まで散々おちょくられた事に加え、本来この世界とは何の関係も無かったはずのトトリたちを巻き込んだ事は、とても許せる事では無いからだ。
うん。虫唾が走るとまでは言わないが、不快にはなるな。
「それでは皆様をご案内いたします。付いて来てください」
「分かった」
そうして、全員の名前と顔の確認も取れたところで、俺たちはフィーファさんの案内の下、部屋の外に出る事になった。
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「まずは、このエレベーターでボウツ・リヌス・トキシード中央塔の上層部に向かいます」
さて、ボウツ・リヌス・トキシードの内部構造だが、どうやらダイオークスほど単純な構造にはなっていないようだった。
と言うのも、外と中を分ける巨大な外壁の中に複数の塔が存在している構造はダイオークスと一緒でも、その塔と塔を繋ぐ橋については、各塔ごとに全く別の層に付けられており、今居る塔から遠くの塔に行くまでには、何度か層を移動する必要が有るようになっていた。
また、塔一本の構造を見てみても、何層か纏めて貫くエレベーターが有る点はダイオークスと同じだが、途中途中で関所のようなチェックポイントを通過した上で、エレベーターを乗り換えなければ上に行けないようになっていた。
この分で行けば、ダイオークスで言えば第1層に当たる部分についても、一筋縄ではいかないような構造になっているだろうし、各層の通路にしても複雑に入り組んでいるだろう。
と言うわけで、一言でボウツ・リヌス・トキシードの構造を表すならば、迷路と言うのが正しいだろうな。
「でも、どうしてこんなに面倒な構造になっているのかな?」
道中で合流した『アーピトキア』組から、桜井さんが疑問の声を上げる。
でも、その疑問は尤もだろう。
どう考えたって、生活には不便な構造だ。
「ボウツ・リヌス・トキシードがこのような構造になっているのは、およそ三百年前、建造当時に一つの問題が発生したためだと聞いています」
「問題?」
「はい。建造時には金も力も貸さず、開祖イクス・リープス様の言葉も信じず、馬鹿にしていた一部の人間が三百年前には居たそうです」
「まあ、居てもおかしくはない……かな?」
「そして瘴気が地上を満たし始めた時の事です。そんな彼らの中でも更に一部の者は救いを求めるでもなく、座して死を待つでもなく、あろうことか彼らを受け入れる態勢を整えていたトキシードを攻撃、奪い取ろうとしたのです」
「「「…………」」」
何と言うか、何時何処にでも、救い難い人間が居るんだなぁ……と思わせるような話だった。
アレか?瘴気で頭が逝ったのか?
いや、この世界の瘴気を吸ったら問答無用で死ぬんだけどさ。
そう言いたくなるぐらいに救い難い連中だな。うん。
「勿論、イクス・リープス様はそのような事態になる事も事前に見越していたそうです。元々この地には別の宗教が根付いていたそうですから」
「へぇ」
「いずれにしても、反逆者とも異端者とも呼べない程の愚か者たちは全員討ち取られました。そして、そんな愚か者たちを出来るだけ被害を出さずに捕える為に用いられたのが、このトキシードの迷路のような構造だそうです」
「なるほど。納得がいく話ではあるな」
で、流石のイクス・リープス様もそんな人間を生かしておく訳には行かず、迷路のような構造を利用して始末した。と。
もしかしなくても、かなり一方的な展開になったんだろうな。
後、わざわざ中に引きこんで始末したのは……仲間同士の結束を少しでも強める為とか、愚か者たちを見せしめにするとか、そんな所か?
それぐらいは聖陽教会の開祖なんだし、躊躇いなくやりそうだ。
「さて着きましたね。こちらです」
エレベーターが停止し、俺たちはゆっくりと歩きだす。
やがて着いたのは……教会とでも称すべき外見を持った建物の前だった。
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