第209話「トキシード-1」
「ふうっ……」
「暇だね……」
宗教都市ボウツ・リヌス・トキシード。
略称トキシードはダイオークスとは全く違う都市だった。
文化や言葉がと言う意味ではなく、都市の形状や立地と言う意味で。
「今は待つしかないね」
「うん。お姉ちゃんが帰ってくるまではそうするしかないと思う」
まず都市が建っている場所がダイオークスが平地だったのに対して、トキシードは山の中腹に建てられている。
そして、立地が違うために、都市そのものの形状も、ダイオークスが円筒形だったのに対してトキシードは円錐型と大きく異なっており、結果として都市の外からトキシードを見ると、瘴境から高い山が飛び出しているように見えている。
まあ、聞くところに依れば、トキシードの設計者はイヴ・リブラ博士ではなく、聖陽教会の開祖イクス・リープスだって言うしな。
違いが出るのも当然かもしれない。
「でも暇だねぇ……」
「茶と菓子がしっかりと用意されているのが救いですね」
と言うわけで、トキシードの中腹から中空に向かって伸びる扇状の滑走路に降りた俺たち一行は、現在ダイオークス組と『アーピトキア』組で分けられた上で、トキシード空港の何処かに在る部屋に集められ、俺たちの代表としてシーザが、『アーピトキア』側の代表として恐らくヴェスパさんがトキシード側に対して色々と話をしている最中である。
『ノクスソークス』の工作員だった機長と副機長については……まあ、拘束されたんだろうな。
なお、ロノヲニトが密かに飛行機に施していた魔改造……機体外装の強化、エンジンの効率化、最高速の向上などの処理については、降りる前に元に戻しておいたので、問題は発生しないはずである。たぶん。
「うむ。中々に美味い茶だな」
「ズーズーズー」
それにしても暇だ。
紅茶みたいなお茶を啜り、スコーンのような形をした甘い菓子を食べるぐらいしかやる事が無い。
これも『ノクスソークス』の連中が面倒な真似をしてくれたおかげなのだし、暴れても問題ない状況で次会ったら、躊躇わずにボコってやるとしよう。
うん、そうしよう。
後、ロノヲニト。毎度のことだが、寝るなら寝息は立てるなよ。
一応お前はロボット扱いだろうが。
「それにしてもさ。ちょっと意外だよね」
「ん?何が意外なんだい?トトリ」
と、ここでトトリが声を上げ、壁の方に視線をやる。
「宗教都市って言うからさ。もっと聖陽教会の由来とか、逸話とかを描いた絵なんかがそこら中に飾られていると思っていたんだけど、そうでもないんだね」
「んー……それはどうなんだろうね?」
そこに掛けられていたのは緑豊かな草原と、蒼穹に向かって伸びる山を描いた、何処か懐かしさを感じる一枚の絵。
タイトルは『在りし日の故郷』、作者はメラルド・エタス・ヤクウィード……か。
やっぱりトキシードの人たちの名前は長いな。
「あの絵なんかは、どう考えてもミアズマントを描いているしねぇ」
「あー、確かにそうだね」
ワンスが示した先に掛けられていたのは、周囲から瘴気が噴き上がる中、石で出来た巨大な獣……ミアズマントに立ち向かう勇士たちの絵であり、見る者に対して勇士たちの勇気と、ミアズマントの恐ろしさを如実に伝えていた。
タイトルは『闘争』、作者は……さっきの人と同じか。
「しかし、もしかしなくても此処に在る絵は全部同じ画家の絵なのか?」
「どうやらそのようですね」
「うーん、高そう……」
「ボソッ……(凄い迫力……)」
俺は改めて部屋の中を見回し、壁に飾られている数枚の絵を見る。
絵の内容としては……、青空に血のように真っ赤な流星が軌跡を描いている絵、何かの建物を建てているであろう風景、銃を持った人と人とが殺しあう姿を描いたもの、何処か見覚えのある橙髪に青い目の男性が演説している様子を描いたもの、瘴気が大地を覆っていく姿を描いたもの等々と言ったところか。
どれも下手な写真よりも遥かに正確かつ克明に、作者の感情を見ている者に伝える絵であり、素人目に見ても凄いと思わせる絵だった。
なお、作者はどの絵も同じで、メラルド・エタス・ヤクウィードと言う人物である。
「失礼します」
「ん?」
と、ここで後ろにシーザをつれて、一人の女性が部屋の中に入ってくる。
「メラルド・エタス・ヤクウィード。彼は開祖イクス・リープスと共にトキシードを作り上げた偉人の一人であり、晩年には瘴気に覆われる前の世界を、トキシードを作り上げるまでに起きた数々の出来事を、自身の思いと共に後世に伝えたいと考え、これらの絵を描いたそうです」
「ほう……それは興味深いのじゃ」
女性は愛おしそうに、橙髪の男性が描かれた絵の額縁を撫でる。
しかし、その絵の男性……本当にどっかで見た覚えが有るんだが……うーん?
「で、アンタは誰なんだい?この部屋に入って来たって事は、それなりの立場がある人間だと思うんだけど」
「これは失礼しました」
ワンスが女性に名を尋ねる。
そして女性は……
「私の名はフィーファ・エタナ・アグナトーラス。聖陽教会教皇エタナール・ファイ・プリエス・アグナトーラスの娘で、今回皆様をご案内する役目を仰せつかったものです」
金色の髪を揺らし、青い目をこちらに向けつつ、はにかみながらそう答えた。
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