第207話「???-6」
どことも知れぬ時空間にして次元。
そこは金属特有の光沢を有し、一瞬ごとに色合いを変える不思議な板を無限の地平とし、空は黒と白の二色が混ざり合うも融け合わない混沌とした様相を呈していた。
「さて、久しぶり。と言った方が良いか?『神喰らい』エブリラ=エクリプス」
「そうだね。久しぶりでいいと思うよ。多次元間貿易会社コンプレックス社長チラリズム=コンプレークスさん」
人の姿をした影は二つ。
一人は蘇芳色の鎧を身に着け、紅い柄の槍を手に持った有角で橙髪に赤青二色の瞳の女性……『神喰らい』エブリラ=エクリプス。
もう一人は、水色の髪に紫色の瞳、踝や脇、へそ、腰などの際どい部位が動く度に見えるような衣装と身の丈と同じほどの長さの刃を持った大剣を持った男性……多次元間貿易会社コンプレックス社長チラリズム=コンプレークス。
「で」
一瞬、両者の姿が掻き消え、次の瞬間にはお互いの得物をぶつけ合い、激しく火花を散らしあう。
そして、数十の火花を散らせたところで、つばぜり合いへと移り……その時になってやっと最初に武器が噛み合った瞬間の音が周囲に響き渡り始める。
「らしくないぐらいに殺気を放っているけど。一体どうしたの?」
「いやなに、この間『狂正者』の奴から面白い話を聞いてな。おかげで気が立って立ってしょうがないんだわ」
つばぜり合いの音だけが響くようになったところで、二人は示し合わせたように距離を取る。
だがかなりの距離……それこそ並の銃器では弾丸が届かない程の距離が生まれたにも関わらず、どちらも警戒を緩めることはなかった。
目の前に居る相手の実力ならば、この程度の距離は無いも同然であることをお互いに理解しているが故に。
「面白い話ってどんな?」
「アイツが自分自身をバラバラにしたときの話さ」
「!?」
再び音を遥か彼方へと置き去りにするような剣戟が始まる。
「アイツは自分自身をバラバラにする時、最初に『破壊者』と言う人格を作りだし、その人格が自分から離れる力を利用して自らを何処か遠くの世界へと射出すると同時に、さらに細かく砕いた」
「そうだね。あの時はそれしか手が無かったから、お母様はそんな手を打った」
と同時に、二人の周囲で紫色の光弾と火や氷、雷と言った物がぶつかり合い、お互いにお互いを喰らいあう。
「アイツは血のように紅い彗星となって数多の世界を渡りつつ、砕けた自分……『根源』、『厳寒』、『母』などを落としていった」
「それも知っている。私は必死になってお母様の後を追い続けたからね」
エブリラの槍がチラリズムの胸を貫き、チラリズムの刃がエブリラの首を刎ねる。
だが直ぐに致命的な一撃を受けたはずの二人の姿は掻き消え、少し離れた場所にチラリズムは五体満足な姿で、綺麗に処理された脇を一瞬だけ見せながら現れ、エブリラはよく見なければ分からない程に薄いが、首の横に赤い線を付けて現れる。
「と言うか、そこまでの話はチーさんも知っている事でしょ?何を今更……」
「その後、アイツはとある世界に墜ちることになったが、その墜ちる直前に『狂正者』の奴はアイツから離れたそうだ」
エブリラの背後に巨大で極彩色、かつ複雑な魔法陣が複数生じ、ゆっくりと回転を始める。
対するチラリズムは左手に眩い紫色の雷光を生じさせ、同色の稲光を周囲に漂わせ始める。
「『狂正者』が離れる時アイツの身体に残っていた人格は三つ。それは『守護者』『箱舟』『虚無』と言う名の人格だったそうだが……まあ、この三人についてはどうでもいい」
「……」
魔法陣の回転が速まると同時に、まるで爆発直前の爆弾のように魔法陣が明滅を始める。
紫色の雷光が珠を為し、まるで己の威光を示すかのようにゆっくりと宙に上がっていく。
「問題は『狂正者』が離れると同時に、もう一つの人格が、アイツの身体から離れていた事だ」
「へぇ……」
既にエブリラの背後の魔法陣は、人の目で詳細を見ることは叶わず、虹色の円盤が素早く明滅を繰り返しているようにしか見えなかった。
対するチラリズムの雷球は、一切の光を放つ事を止め、黒い球体と化した状態で悠然とその場に浮いていた。
「それは知らなかったなぁ……」
「そんな台詞よく言えた……な!」
エブリラの魔法陣から混沌とした何かが濁流の様に放たれ、生物のように蠢くそれは触れたもの全てを己の中に溶かし込みつつ、あらゆる方向からチラリズムに襲い掛かる。
エブリラの攻撃から一拍遅れて、チラリズムの雷球が解き放たれ、生じた紫電が混沌とした濁流を片っ端から打ち据え、絡め捕り、消滅させていく。
そして、紫電の一本が混沌の濁流の壁を突き破り、エブリラの頭部に突き刺さろうとした瞬間……
「とっととエブリラの中から出てこい!さっきからチラチラと薄汚い臭いが漂って来て、嬉しいんだかムカつくんだか、微妙な気分なんだよ!『狂悪者』!」
チラリズムが叫び、
『逃げるぞ。エブリラ』
何処からともなく第三者の声が響き渡り、
「はいはーい。了解ですお母様」
無垢な笑みを浮かべたエブリラの姿が掻き消え、周囲一帯を紫色の稲光が満たし、圧倒的なエネルギーの奔流を持って触れたもの全てを焼き尽くす。
「ちっ、裏で隠蔽と脱出の術式を組んでいやがったな。あの野郎」
やがて、紫色の稲光も、混沌の濁流も、微かな残滓すら残さずに消え去った頃には、最初に人影が現れた時と変わらぬ天地と、チラリズムただ一人の姿しかなかった。
「まあいい、これで裏は取れた。なら打てる手は幾らでもある」
そして、チラリズムが薄い長方形の何かを耳に宛てながらこの場を去った時。
戦いの場として造られた仮初の天地もまたこの世から消え去るのだった。
遂に本名登場です。長かったなー