第202話「警護任務-19」
「ふぅ……」
昨夜のライブはとても良い物だった。
会場全体が一体化して湧き上がり、陰鬱な空気は一切合財消え去って、代わりにこの上なく明るく楽しい空気が作り出されていた。
勿論、そう言う空気になれたのは、『春夏冬』の三人の歌と演奏が良かったと言うのもある。
なにせ三人は俺たちと同じ異世界人であり、異世界人には優れた翻訳能力が備わっている。
加えて、自身の想いを伝えやすくすると言う特異体質もだ。
そんな翻訳能力と特異体質が有れば、三人が自らの歌の歌詞と演奏に込めた想いはダイレクトに客へと伝わる。
諦めてはいけない。
挫けてはいけない。
輝ける未来を掴みとるためにも。
と言う想いが。
「どうしたのハル君?」
三人の想いは伝わっただろう。
だからこそ、会場の空気も変わったのだ。
そう、どれほど広く安全にダイオークスが作られていると言っても、瘴気とミアズマントと言う目に見える脅威が存在しているこの世界では、どこかで常に閉塞感と悲壮感が漂っており、その空気は吠竜の一件で確実に強まっていた。
そして、そんな負の空気を、戦場に立たない者だからこその力でもって、三人は払って見せた。
「いや、あの三人は凄いなぁ……って」
「あー、それは確かにそうだね」
それは俺たち戦場に立つ者には決して出来ない事だ。
だからこそ、俺は感嘆のため息を漏らすほかなかった。
「後、結局何も無かったな」
「まあ、何も無かった分にはいいんじゃない?」
で、こうしてライブの感想を感慨深げに語れると言う事は、当然ライブ中には何も問題になるような事は無かったと言う事である。
しかも、俺の耳とソルナの情報網で調べた限り、表だけでなく裏でも何も無かったらしい。
ついでに各種ニュースも見てみたが、『春夏冬』三人のライブに関してはべた褒めしていただけである。
「まあ、それはそうなんだけどな……」
ま、何も無かった事には変わりないのだ。
ちょっと俺とかソルナとか、気合を入れ過ぎていた連中が道化になっただけの話だ。
うん。そう、何の問題も無かったから、それでよかったのだ。
「はぁ……」
それでも溜め込んだ力を何処で発散するのか悩んだ結果として、溜め息の一つ程度は吐いてしまうが。
「ハル君。まだ護衛は終わってないんだよ」
「分かってるよ。もう吹っ切った」
トトリにも気持ちを切り替えるように言われたと言う事で、俺は一度自分の両頬を叩くと、気合を入れ直す……と言うよりは、適切な量に戻す。
「今日は『アーピトキア』代表として活動する三人の警護。だっけ?」
「そうそう。その予定」
本日四日目は、『アーピトキア』代表としての活動であり、その詳細は俺たちには伝えられていない。
だが、『アーピトキア』代表としての活動と言う事になれば、活動の種類によっては主役は『アーピトキア』の三人では無く、同行している『アーピトキア』の人たち……つまりはヴェスパさんたちではないかなと思わなくもない。
一番有り得そうなのはダイオークス政府高官との会談と言ったところだが、それなら絶対にあの三人の出番ではないし。
「じゃ、そろそろ時間だし行こうか」
「だな」
と言うわけで、俺とトトリは装備を整えると、本日の集合場所に向かうのだった。
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「うむ。よく来たのじゃ。吾輩がトゥリエ教授なのじゃ」
「羽井君……」
「名前だけは聞いてたけど、こんな小さな子にまで……」
「ロリコン」
「ちょっと待て!こう見えてもトゥリエ教授は俺たちより年上だからな!」
「「「え!?」」」
さて、本日四日目だが、俺の予想に反して、活動場所はダイオークス中央塔大学であり、しかもメンバーは『春夏冬』の三人にマネージャーのキロコパさん、そして俺たち第32小隊だけという少人数だった。
これは……うん、まず間違いなくヴェスパさんは中央塔の上の方に行っているな。
なお、大学からの出迎えはトゥリエ教授とロノヲニトの事情聴取の際に同席していた教授であるが、やはり三人にはトゥリエ教授との一件も知られているらしい。
「ふふん。これでも吾輩は今年で22歳なのじゃ」
「「「えー……」」」
三人の目が信じられないものを見るような目になる。
でもなぁ……ダイオークスにはドクターと言うもっと得体が知れないものも居るしなぁ……。
まあ、そんな事はさて置いてだ。
「それで、今日の用件は?」
俺は『春夏冬』の三人が今日ここでやることについての質問を、二人の教授にぶつける。
「『アーピトキア』側から預かっている物が有るので、それを第32小隊の方々に見てもらう事になっております」
「俺たちに?」
「あー、もしかしなくてもアレの事かな?」
「もしかしなくてもそうじゃない」
「間違いない……」
が、帰ってきたのは、何かをするのは『春夏冬』の三人ではなく、俺たち第32小隊であると言う答え。
そして、その何かに関わりがある物について、『春夏冬』の三人はよく知っているようだった。
「さ、こっちなのじゃ」
「「「?」」」
俺たちは疑問を覚えながらも、二人の教授に案内されるのだった。




