第20話「入隊試験-2」
「31番塔塔長の姪だと?そんな人間がどうして此処に居る?ここは関係者以外立ち入り禁止の層だろうが……」
ダスパさんたちが俺たちの代表として、当然の疑問をワンスさんにぶつける。
「それは……」
「なるほど。アンタが今回の試験の監督官の一人って事っすか」
だがその答えはワンスさんからではなく、俺の隣に居るライさんの口から放たれた。
「監督官?」
その言葉に俺はライさんの方を向いて説明を求める。
「監督官ってのは、試験で受験者と試験官。その両方に対して不正を行っていないかどうかを確かめる役目なんすよ。で、今回の試験に関してはトトリにしろハルにしろ特殊な人間っすからねぇ……。それを考慮して、普段は26番塔の試験なら同じ塔の人間から出すんでやんすが、今回は他の塔から監督官を招くって話だったんすよ」
「へー」
「ちなみにでやんすけど」
唐突にライさんはワンスさんの顔を睨み付け、ワンスさんもその視線に応じるように睨み返し、二人の間の空気が緊張し始める。
「監督官ってのは、最低でも試験が終わるまでは受験者の前にも試験官の前にも姿を現さず、接触を持たないのが鉄則のはず何すけどねぇ……どうして此処に居るんすか?」
「はん、そんなのアタシが知った事か」
だが、ワンスさんはライさんのそんな言葉をものともせず、腕を組んだ状態で口角を釣り上げる。
「確かにアタシは監督官だ。だが、その鉄則は26番塔固有のルールであって、31番塔にはそんなルールは無いんだよ。それにだ」
「それに?」
「どうせアタシ以外にも……そう、31番塔の人間も、それ以外の塔の人間も、監督官として沢山来ているんだ。アタシ一人欠けたぐらいじゃ何の問題も無いね」
「それとこれとは別の話だと思うでやんすがねぇ」
ワンスさんはそれが当たり前だと言わんばかりにそう言うが、俺としてはライさんの言葉に同意である。
自分に与えられた仕事はきっちりこなすべきだと思う。
他の塔でやる仕事って事は、考えようによってはその塔の代表として扱われるようなものなんだろうし。
「何度も言わせるな。そんなのはアタシの知った事じゃない。それに、他の塔の人間にとってみれば、ぶっちゃけこの試験の監督なんてどうでもいいのさ」
「どうでもいい?」
流石の俺もワンスさんのこの発言には眉根を顰めざるを得なかった。
今の発言は幾らなんでも拙いだろう。
「アタシたちにとって重要なのは例の『救世主』様がどんな性格で、何を好み、何を嫌っているのかを調べる事なんだよ。後は例の能力が26番塔塔長のホラじゃない事を確かめたりとかね」
「それって……そんなに重要な事なんですか?」
「今後の付き合いどころか、ダイオークス全体に関わると伯父上たちは考えているらしいからね。今回の試験に人を寄越せなかった連中は今頃歯噛みしているんじゃないのかい?」
だが、ワンスさんのその発言で俺は理解する。
いや、理解させられたと言うのが正しいのかもしれない。
この世界で、瘴気の形態性質を無効化できる俺と言う存在がどれほど重要視されているのかを。
尤も、ワンスさん個人については、今取っている行動からしてそんな上の思惑なんて殆ど考えていない気もするが。
「ちなみに伯父上たちは特に『救世主』様の異性に対する嗜好を知りたがっているようだったね。大方、そこら辺が分かったら自分の塔にいる人間から『救世主』様好みの女を見つけて、送り込むつもりなんだろう」
「む……」
「……」
現にこういう事も言っちゃってるし。
それは俺が居る前では絶対に言っちゃいけない話だと思うんだけどなぁ……。
後、雪飛さんの視線がさっきから何故か背中に突き刺さっている気がする。
気のせいだとは思うんだけど……。
「ま、これもアタシにはどうでもいい事だね。今の所アタシは『救世主』様に対してそこまでの興味や好意は湧かないしね」
「はぁ……そうですか」
ワンスさんの微妙にこちらの事を馬鹿にするような響きを伴った言葉に対して、俺は若干の溜め息を吐きながらそう返す。
それでも嫌味な感じに聞こえないのは、ワンスさんにそう言う陰険な所が無いからだろう。
たぶん、本当に現状ではワンスさんは俺に対して好意も興味も無いんだろうな。
まあ、俺も今の所ワンスさんに対しては好意的な感情は抱いていないわけだが。
後、ワンスさんがこう言う風に言えるって事は、俺の好みの女性を送り込むと言っても、本人が希望したらと言う但し書き付きなんだろうな。
「……」
「ん?なんだい?」
と、そんな風に考えていたら、いつの間にか雪飛さんがワンスさんの正面に立って、お互いの顔を睨んでいた。
「渡しませんから」
「興味が無いって言ったはずだよ」
二人の間の空気が先程のライさんとの間に発生した物とは比較にならない程張り詰める。
て、え!?どうしていきなりこんな空気になってんだ!?
「……。まあいいや、今回はとりあえず顔を合わせて、言葉を交わせただけでも十分な成果だ。と言うわけで、アタシは『救世主』様たちの午後の試験を楽しみにさせてもらう事にするよ」
「……。ふんだ」
そう言うとワンスさんは踵を返し、片手を上げてひらひらと振りながら何処かに向かって去っていった。
で、俺としてはだ。
「ダスパさん。さっきの空気の理由分かりますか?」
「いや、さっぱりだ」
「ちっ、これだから童貞と万年バカップルは困るでやんすよ」
「「え?」」
さっきの空気の理由を知りたかったのだが、どうやらダスパさんには理由が分からないらしく、ライさんは分かっていても教えてくれないようだった。
「ハル君。行こう!」
「あ、うん。じゃ、ダスパさん。案内よろしくお願いします」
「お、おう」
そして俺は、精神的には半ば雪飛さんに引きずられていくような感じで、午後の試験が行われる会場に向かって移動を始めた。