第2話「廃墟-1」
「っつ、ここは……」
頭に強い衝撃を受けて目を覚ました俺は、ゆっくりと立ち上がりながら周囲を見渡す。
俺が倒れていたのはどこかの大きな会社の社長室のような部屋だった。
ただ本棚は有っても本は一冊も置かれておらず、執務机があっても座るための椅子は無く、ドアは有っても開けるためのドアノブや何かしらの装置のような物は無く、ついでに言えば壁にも天井にも窓一つ照明一つ無かった。
なのに視界を得るのに問題ない程度には明るい。
何と言うかかなり不思議な部屋だった。
「とりあえず、何か手がかりになるような物が無いか探してみるか」
で、実を言えば手がかりになりそうな物は先程周囲を見渡した時にも見えているのだが……、俺は敢えてそれからは目を逸らして、部屋の中の探索を始める。
「…………」
本棚におかしい所は無い。
執務机の棚の中にも何も入っていなかった。
ドアは最初自動ドアか何かだと思ってみたのだが、近づいたり、手をかざしたり、声を掛けてみたりしても一切の反応は無し。
こう言う部屋によく有るであろう絨毯や観葉植物の類は元々無かった。
「はぁ……つまりこれを開ける他に無い訳……か」
俺は改めて執務机の上に置かれているそれに目をやる。
「……」
それは金属特有の光沢を有する銀色のアタッシュケースであり、表面には赤いペンキのような物で掠れかけの文字が書かれていた。
「『Welcome Halhanoy』……ねぇ」
Halhanoyの意味は分からないが、名詞だとして和訳をすれば『ようこそハルハノイ』か。
一応、俺の名前は羽井ハルだから、アメリカやイギリスのようにファミリーネームを後ろに持ってくるような形にすればハル・ハノイにはなる。
ただそうなると……この部屋に俺を送り込んだのは、まず間違いなくあのスピーカーの声の主であるし、このアタッシュケースの送り主もあの声の主だと考えるべきだろう。
となると……嫌な予感しかしないな。
それでも開ける以外には道が無いわけだが。
「ええい……男は度胸!」
わざわざ俺を狙い撃ちにしたような物を置いてある以上、罠は無いと判断し、俺はアタッシュケースの蓋に手を掛けると一気に開ける。
「これは……」
そしてアタッシュケースの中を覗き込んだ俺は、中に入っていた物を見て思わず目を白黒させる。
「メリケンサック……じゃないか。刃が付いてるし」
アタッシュケースの中にはメリケンサックのような物が入っていた。
ただ、普通のメリケンサックとは違って、拳を保護する部分に頑丈さを優先したかのような肉厚な刃が付いており、ただ殴るだけではなく切る事も出来るようになっているようだった。
なお、刃の長さは微妙に俺の拳の横幅よりも大きいものになっており、装飾なのか刃にはドラゴンに似た生物の絵が施されていた。
うーん、クナイとか短剣とか呼んだ方が良いのかもな?
とりあえず普通に短剣と呼んでおくか。
「うわっ、サイズぴったりだよ……」
俺はアタッシュケースから短剣を取り出して、右手で持ってみる。
するとまるで手に吸い付くように、ぴったり俺の右手にはまる。
軽く素振りもしてみたが、この手の物を一切扱った事の無い俺でも容易に扱えるようになっていた。
何と言うか……うん、ここまで俺に合わせた物になっていると、もはや気持ち悪いと言う次元だな。
「で、次はこれか」
俺はアタッシュケースの中に入っていたこの短剣用と思しき鞘が付いた、革と金属製のベルトを取り出すと、自分の腰に付ける。
当然のようにこれも俺の身体にぴったり合っている。
一応鞘の位置も調整出来るようだったが、これすら元々の位置が俺にとって一番いい位置になっているようだった。
本当に気味が悪い。
まるで、俺の全てを知られているような気分だ。
「最後は……USBメモリー?」
そして俺は最後にアタッシュケースの端の方に置かれていた赤と青の二色で彩られた円筒形の物体を手に持つ。
途中に切れ込みが入っていたので引っ張ってみると、ふたが外れ、中からUSBの接続端子が出てくる。
うーん……見た目から察するに……どうにもこれはUSBメモリーっぽいな。
「意図は読めないが、わざわざアタッシュケースの中に入ってたって事は、それなりに重要な物と考えるべきだよな」
俺は推定USBメモリーの蓋を閉じると、制服の内ポケットに入れておく。
これで無くす事だけはとりあえず無いだろう。
『ピピッ』
「ん?」
と、USBメモリーをしまったところで、ドアの方から電子音のような物が鳴り響き、その直後に何か栓のような物が外れる音がする。
……。
もしかしなくても、これはどっかから見られていたって事か?
いやまあ、この部屋から出られるようになったことは喜ぶべき事なんだろうが……どうにもあのスピーカーの声の主の掌で踊らされている感じがしてしょうがないな。
「それでも行くしかない……。毒も食らわば皿までってな」
俺はそう自分の中で区切りをつけると、ドアの方に向かって歩いていく。
そして、俺がドアの前に立つと同時にドアはゆっくりと物音一つ立てず横に動いた。