第196話「会議室-6」
「さて、報告を窺おうか」
「はっ!」
ダイオークス中央塔第92層大会議室。
その日の塔長会議は一人の男性……アゲート・セージの報告から始まることとなった。
「まず、我々の計画に対して『アーピトキア』『ボウツ・リヌス・トキシード』の両政府は理解を示すと同時に、研究への協力も約束してくれました」
「まあ、彼らとしても断る理由はないだろうしな」
「『ボウツ・リヌス・トキシード』の方が何も言わなかった点については少々意外だがな」
アゲートの口から出てきたのは、現在ダイオークスが進めているとある計画の進捗具合についての報告。
「加えて、二都市が参加する件については『テトロイド』政府も既に了承済みであり、現在はお互いの都市に所属している優秀な学者たちによる会議を開くためにの調整を行っております」
「ふむ」
「順調であると言うのは、実に素晴らしい事だな」
「また、一つ朗報が有ります」
「ほう……」
「我々が今までに行った調査の過程と結果について二都市に伝えた上で、それぞれの都市に所属する異世界人出現地点について再調査を行ったところ、『アーピトキア』の異世界人出現地点でそれらしき物体が発見されたとの事です」
「なんと……!」
「それは驚きですな」
「だが本物であれば、喜ばしい事だ」
アゲートの言葉に、会議室全体が湧き上がる。
だがそれも当然のことだろう。
もしも『アーピトキア』の言葉が真実であり、発見したものが本物であれば、彼らの計画がさらに進展する可能性が有るのだから。
「『アーピトキア』が発見した物体は二種類六つあります。一つは今までに我々が調査した場所で発見された釘やチップのように、複数の金属をナノレベルで組み合わせた物と思われ、これが五つあったそうです」
「つまり『アーピトキア』には五人の異世界人が飛ばされていたわけか」
「その通りです。ただ、『春夏冬』の三人によれば、その二人は助けが来る前に外に出てしまい、瘴気の影響で死亡との事ですが」
「「「…………」」」
アゲートの言葉に会議室全体で溜め息が放たれ、重苦しい空気が流れる。
ダイオークスに所属する全ての命を預かる彼らは、当然それだけ多くの死に触れる立場にある。
だが、多くの死に触れるからと言って、人が死ぬ事に慣れてはいけない、当たり前だと思ってはいけないと彼らは考えている。
今のはその為の溜め息だった。
「話を戻しましょう。『アーピトキア』が見つけたもう一種の物体は、一言で言ってしまえば金属製の箱です」
「箱?」
「はい。『アーピトキア』側から供与された資料によれば、一辺が1m近くある金属製の立方体だそうで、材質は不明。揺らしても中で何かが動く事は有りませんが、重量からいって中が空洞になっている事はほぼ間違いないそうです」
「その口ぶりからするに、『アーピトキア』では中に入っている物を確認できていない様に聞こえるが……」
「勿論、『アーピトキア』側も中に入っている物の調査は試みたとの事です。ですが、物理、熱、酸、その他諸々用いても傷一つ付ける事は出来ず、X線やCTスキャン、一部特異体質による調査でも、内包物の調査は行えなかったとの事です」
「なるほど……確かにイヴ・リブラ博士が関わっている品と見て良さそうだな……」
『アーピトキア』の調査報告の内容に、ほぼ全ての塔長が頭を抱える。
と言うのも、『アーピトキア』側が行った調査の一環として行われた金属製の箱の破壊。
そこで用いられた技術が、相手が真っ当な物体であれば、如何なる物質であっても間違いなく破壊することが出来る技術である事を彼らには理解できてしまったからである。
そして、それだけの技術を投入しても、破壊はおろか、中身を知る事すらできない謎の物体。
そんな物を作れるのはイヴ・リブラ博士だけであると言う事実にも。
「それでですね」
「まだ何か有るのかね?」
「はい。例の箱ですが、ハル・ハノイと関係がある可能性が高い。と言う事で、『アーピトキア』から、『春夏冬』の三人と共にダイオークスへ移送し、こちらで調査を行う事になっています」
「まあ、イヴ・リブラ博士が関わっているのなら、それが一番確実か」
「こちらにはロノヲニトも居るわけですしな。二人の内のどちらかに反応する事を期待するのは、決して分の悪い賭けでは無いですな」
「ほっ……」
塔長たちの反応に、アゲートは安堵のため息を漏らす。
これについては向こうから持ちかけられたことな上に、中央塔塔長の了承も得ているが、自分の領分を僅かに超えている可能性もあったためである。
いずれにしても、許可が得られたのなら問題はない。
そう、気を持ち直して、次の話を始めようとする。
「それで、『春夏冬』の三人に付ける護衛についてですが、既に研修は八割方終えており、この分であれば、彼らが抜けた穴を埋めるための人員含めて、研修終了時には丁度いい程度に隙が産まれると思われます」
そうして出てきたのは、護衛に丁度いい隙が産まれると言う俄かには信じがたい単語だった。
だが、アゲートの言葉に塔長たちの顔色が変わる事はない。
当然だ。彼らはワザとそうしたのだから。
「さて、奴らは乗ってきますかな?」
「乗ってこないのであれば、別にそれで構わん」
「乗って来たのならば潰すのみ」
「来るならば来い……」
故に、塔長たちの顔に浮かぶのは笑みのみだった。
「『ノクスソークス』」
09/03誤字訂正