第194話「警護任務-13」
「ん?」
「どうした?ハルハノイ」
「ああいや、ちょっと……な」
研修場所に踏み入れると同時に、俺は周囲から奇妙な視線が注がれている事に気づく。
一瞬、俺では無く隣のロノヲニトに注がれている事も考えたが……いや、これは間違いなく俺に目が向けられているな。
だがどうしてだ?そんな目を向けられる理由にはまるで心当たりが無いんだが……。
しかも……、
「ヒソヒソ……(見ろ、ハル・ハノイだ)」
「ヒソヒソ……(嘘だろ!?本当に出てくるだなんて……)」
「ヒソヒソ……(いや待て、そもそも元の情報の方が間違っている可能性も……)」
「ヒソヒソ……(残念だがそっちにはしっかりとした情報源があるんだ……)」
「ヒソヒソ……(って事はマジで……)」
「ヒソヒソ……(もう嫉妬する気も起きねえな)」
詳しく視線の気配を探ってみたら、男性陣からは嫉妬をほんの僅かに含んだ畏怖と崇拝の視線と言う複雑な心根が含まれたものが向けられている。
「ヒソヒソ……(嘘でしょ……)」
「ヒソヒソ……(何で出て来れるの……!?)」
「ヒソヒソ……(こっちを向いたわ!)」
「ヒソヒソ……(視線を合わせちゃだめよ!)」
「ヒソヒソ……(足腰が立たなくなるまでやられるって話よ!)」
「ヒソヒソ……(幾らなんでもそれは嫌だわ……)」
対する女性陣からは……もっと訳の分からない視線が向けられていた。
性別の違いもあるのだろうけど、同じ人間に向けるような視線ではないように……あ、そもそも俺は人間じゃなかったか。
最低でも【堅牢なる左】辺りの能力については、人間としての能力ではなく、イヴ・リブラ博士によってもたらされた物なわけだし。
まあ、だとしても、その事を知っているのは極一部の人間なわけで、この場で今のような視線を向けられる理由は無いわけだが。
「や、ハル」
「ソルナ」
と、ここで男女混合で静かにたたずんでいたグループから、俺の元へとソルナがやってくる。
その顔に浮かんでいるのは……笑顔?何でだ?
そうやって疑問に思っていたところ、とんでもない発言がソルナの口から出てきた。
「聞いたよハル。昨日一日中ワンスたちとやってたんだってね」
「ぶふぅ!?」
しかも、片手で円を作り、もう片方の手の中指を円の中で出し入れすると言う、誰がどう考えてもそう言う意味にしか捉えられないジェスチャー付きで。
その行為には、俺も思わず呼吸を乱し、妙な声が出てしまう。
と言うかこれだけあからさまなジェスチャーをしても、爽やかとかが失われていない辺り、ソルナのイケメンっぷりは本物だと思う。うん。
いやうん、現実逃避している所じゃなかったな……。
「いやー、ハルってばワンスの他にも多くの女の子と関係を持っているから、全員の相手は出来ないんじゃないかと思っていたけど、完璧に杞憂だったね。今回の件で安心できたよ」
「いやちょっと待てソルナ……」
「ん?なんだい?」
早急に突っ込みを入れないと拙い点が一ヶ所有る。
「何でソルナが昨日の第32小隊の活動内容を知っているんだ?」
ソルナの言っている事は正しい。
確かに俺は昨日一日自分の部屋で……まあ、していた。
そのことは事実なので否定しない。
が、来客やホテルへの対応はロノヲニトがきちんとしていたはずだし、ホテルの防音性から言っても音が外に漏れ聞こえていたとは考えづらい。
つまり、ソルナが昨日の俺たちの事を知る機会はないはずなのだ。
「ああその事かい。それは……」
「我は失礼する!」
「ちいっ!そう言う事か!」
そしてソルナが理由を説明しようとした時だった。
ロノヲニトが突如その場で反転、出口の方に向かって駆け出そうする。
それで俺は理解する。
何故ソルナが俺たちの事情を知っているのかを。
「【不抜なる下】!」
俺は犯人を捕まえるべく【不抜なる下】を起動。
「おおっ……」
「ぐっ!?」
何故か感心した様子のソルナを尻目に、一昨日シーザを捕まえた時のように尾を動かし、確実に犯人を捕縛するべく一昨日の時よりも強く尾を縛り上げる。
「……」
「あー……その……」
俺は逃げられないように、犯人の体を浮かせた状態にした上で、自分の手元にまで引き寄せ……、睨み付ける。
「さて、どういう事か説明してもらおうか?ロノヲニト?」
「ワ、我ハ人間ヘノ奉仕ノタメニ作ラレタがいのいどデアル。ソノタメニ、命令者トシテノ権限ガアル者ノ命令ニハ逆ラエナイノデアール」
「ほう……」
犯人……ロノヲニトは俺とは目を合わせず、わざとらしい機械口調でそう言い訳をする。
それはつまりこういう事か?
上位者である誰かから俺たちの事を教えて欲しいと言う事で、教えたと言う事か?
いいだろう。ならその話に乗ってやろうじゃないか。
「ソルナ。お前はロノヲニトに対して命令者としての権限を持っているのか?」
「まさか、僕にそんな権限はないよ。でもまあ、彼女が僕に中で何をしているかを教えてくれたのは事実だね」
「!?」
「ほう……」
ロノヲニトはこの裏切り者と言う目でソルナを見ているが、どう考えても裏切り者はソルナでは無くロノヲニトである。
今の状況から考えて、明らかにロノヲニトはソルナ以外の複数人に話を漏らしているだろうし。
「ロノヲニト」
「ひゃ、ひゃい!」
「後で時間を見つけて、ダイオークスの一般常識とか倫理規定とかを徹底的にダウンロードしような。そうすれば、機械なんだから大丈夫だろ?後、次やったら公衆の面前でオーバーホールな」
「はい……」
と言うわけで、今後の為にもロノヲニトを徹底的に教育しておく必要はありそうだった。




