第192話「警護任務-11」
「えと、不束者ですが、よろしくお願いします」
「その……こちらこそよろしくお願いします」
その日の夜。
他の面々が食堂で夕食を摂っている中、早くに夕食と風呂を済ませた俺とミスリさんはベッドの上で正座をした状態で相対していた。
「と言うか、今更聞くのもあれなんだが、本当に俺でいいのか?」
「はい!初めて出会った時から、ハル様の事を慕っていました!」
勿論これからする事がする事なので、お互いに何も身に着けていないし、部屋の明かりは若干暗めになっている。
それにしても出会った時からかぁ……うん、ミスリさんみたいな美女に慕われているって言うのは、男子としてはこの上なく嬉しいな。
「そっか、なら喜んで相手をさせてもらうよ」
「はい!!」
と言うわけで、今現在食堂の方でトトリたちがシーザさんをこの部屋に誘い出す為に色々とやっている事は知っているが、シーザさんがこちらに来るまでそれなりに時間が有る事と、初めての最中にシーザさんの頭を冷やす任務もこなすと言うのはどうかと思うので……
「じゃ……」
「あ……」
俺はミスリさんを押し倒した。
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「ん?来たかな?」
「ふえ……?」
さて、一通り事が終わった頃。
俺の耳がこの客室のドアを叩く音を捉える。
どうやらシーザさんが来たらしい。
が、ドアを破壊しかねない勢いで叩いている音からして、トトリたちは穏便な方法による誘い出しではなく、挑発などによってシーザさんを怒らせる方法を取ったらしい。
うんまあ、シーザさんの性格からして、そっちの方が有効なのは確かだが。
「あ、もしかしてお姉ちゃんが?」
「そうそう。と言うわけで、【不抜なる下】起動」
「キャッ」
ミスリの意識がはっきりしてきた辺りで俺は入口の鍵を寝室備え付けのパネルで解除。
すると、勢いよくこちらに向かって何者かが走る音が聞こえてくる。
うん、どう聞いても冷静さを失っているな。
俺はそう判断して【不抜なる下】を起動、寝室の入り口から一歩進んだところに尻尾でスネアトラップのように伸ばしておく。
「ミスリイィ!」
「ほいっと」
「何っ!?」
直後、憤怒の形相でシーザさんが寝室の中に飛び込んできたため、俺は【不抜なる下】の尾を絞り上げ、シーザさんの身体を拘束する。
うん、これで暴力的な手段に訴えられる事は無くなったな。
「ぐっ!ハル!貴様ああぁぁ!!」
が、まだ話し合いが出来るレベルでは無さそうだった。
なので、俺はとりあえず冷水でもシーザさんの頭にかけようとし……
「お姉ちゃん邪魔しないでよ」
「!?」
「……」
物理的な冷水よりも遥かに効くミスリの冷ややかな声を聞いた。
「お姉ちゃんさぁ……自分が今何をしているのか分かっているの?」
「ミ、ミスリ……?」
あ、うん。これはもう必要な時が来るまで、俺は黙っていた方が良い流れだ。
今のミスリに逆らったらヤバい。
「私はもう立派な大人なんだよ。誰とだって好きに付き合う権利が有るの。それを自身に与えられた任務を放棄して、部下と言い争いをし続けているお姉ちゃんが邪魔するの?」
「……」
「そもそも……」
俺に抱きついた状態のまま、ミスリによるシーザさんをなじる言葉は続く。
その内容については敢えて語らない。
が、幼いころから一緒に育った……それこそ誇らしい事も恥ずかしい事も一番間近で見て来た姉妹を怒らせたらどうなるのかが良く分かる光景だった。
そして一時間も経つ頃には……
「うぐっ……ひぐっ……」
「何?泣いて謝れば許されると思っているの?そう思っているなら、とっととロノヲニトの事もちゃんと部下として見てあげなよ。彼女はもう私たちの敵じゃ無くて味方なんだよ。なのにネチネチと何時までも……」
「あー、ミスリ。流石にそろそろ止めておいた方が……」
シーザさんは完璧に泣かされていた。
「……。ハル様がそう言うのなら……」
ミスリの言葉に俺は内心ほっと胸を撫でおろしていた。
たぶん、これ以上やったらシーザさんは再起できなくなるだろうし。
で、シーザさんの頭を冷静にさせるだけなら、これで十分すぎる気もするが、明後日以降の研修の為にも、幾らかはシーザさんのフォローをしておいた方が良いと思う。
「ボソッ……(じゃ、ちょっと行ってくる)」
「ボソッ……(あ、はい)」
俺はミスリの身体を引き離すと、未だに尻尾で拘束しているシーザさんの近くに寄る。
「シーザさん」
「グスッ……こんな駄目隊長に何の用だ?」
やはり、普段からは考えられない程に落ち込んでいるな。
これをそのままにしておくのは拙いだろう。
「シーザさんはどういう形でもいいからロノヲニトに勝ちたかったんですよね?」
「ヒグッ……そうだ」
「だったら、確実にロノヲニトに勝てる分野……と言うより、そもそもロノヲニトには舞台に上がる事すらできない分野を俺が教えてあげます」
「本当か……?」
「ええ、本当です」
我ながらゲスな行いである自覚はある。
が、この場で俺に出来る事となれば、これしかないのもまた事実ではある。
「どういう方法だ?」
「ロノヲニトの身体は機械で、しかも俺の姉です。つまり、これだけは絶対に出来ないし、するわけにはいかないんです。そう言えば、後は分かりますよね?」
「っつ!?」
シーザさんの顔が強張る。
どうやら、正確に俺が発した言葉の意味を察する事は出来たらしい。
「勿論、この分野に来るなら……」
俺はミスリの方をチラ見する。
「お姉ちゃんと言えども、譲る気も無いし、負ける気も無いから。でも、こっちに来るなら、歓迎はするよ」
「……」
するとミスリも俺の意図を察してくれたのか、そう応えてくれる。
「シーザさんどうします?このままロノヲニトにも、それどころかミスリたちにも負かされっぱなしでいいんですか?」
「それは…………」
そしてシーザさんは……陥落した。