第19話「入隊試験-1」
「ふぅー……」
「はぁー……」
ダイオークス26番塔第3層。
ここは居住区になっているような層とは違い、層全体が一つの建物の様になっている層である。
そんな層で俺と雪飛さんが外勤の部隊になるための試験は行われ、今は丁度午前中の試験である筆記・身体能力・面接の三つを受け終ったので、どこかの病院を思わせるような通路の片隅で二人揃ってお昼の休憩を取っている所だった。
「ハル君は午前中の試験どうだったー……?」
「筆記が若干心配ではあるかな……まあ、瘴気を吸収した物体の形態性質と固有性質についてはしっかり書けたし、他も分かるところはすんなり書けたから大丈夫だと思うけど。雪飛さんは?」
「私の方は身体能力が不安かな……私ってば、やっぱりちょっとどんくさいところが有るし、反応関係がどうしてもね……」
俺と雪飛さんは多少疲れた顔をしながら、お互いに午前中の試験の感想を言い合う。
まあ、俺も雪飛さんも、今のところ満点は取れなくとも足切りには引っかかっていないはずだ。
その程度の事は自信を持って言える。
ちなみに形態性質と固有性質と言うのは、瘴気を吸収した物体が、吸収した瘴気をエネルギー源として引き起こす現象の種類の事である。
具体的には、形態性質は瘴気を吸収した物体の形態……つまりは気体・液体・固体と言う状態に応じて現れる性質の事で、気体・液体の物体が瘴気を含んだ際の性質こそが、この世界で瘴気が恐れられている原因とも言える。
と言うのも瘴気を吸収した気体……これはそのまま瘴気と呼ばれるが、瘴気に触れた生物は細胞単位でダメージを受けるし、瘴気を吸収した液体……瘴液には多くのタンパク質を分解する効果が有るらしい。
また、瘴気を吸収した固体……瘴金属についても、長時間直接肌に接触させていると、やはり様々な影響が出るそうだ。
恐らくは雪飛さんと一緒に飛ばされたクラスメイト達の命を奪ったのも、この形態性質だろう。
尤も、体質なのか、それとも他の何なのかは分からないが、俺にはこれら形態性質の効果は出ないらしい。
まあ、出てたら今頃は全身が綺麗に溶けていただろうしな。うん。
で、固有性質についてだが、こちらは未だに研究途上の物であり、その全貌はまだ明らかになっていない。
が、それでも瘴気をエネルギー源として各種現象を起こせると言うのは、間違いなく有益な事なので、色んなところで使われている。
俺の知っている範囲内だと、ニースさんの扱っていた剣のように、衝撃に反応して電気を発生させる瘴金属辺りが良い例か。
なお、こちらは俺にもきちんと効果がある。
現にニースさんの剣の電撃は普通に効いていたしな。
「お、こんなところに居たのか」
「やっと見つけたでやんすよー」
「ダスパさん」
「ライさん」
と、二人で事前にコルチさんに作ってもらったおにぎりのような物を食べていた所に、ダスパさんとライさんがやってくる。
どうやら様子を見に来てくれたらしい。
「調子はどうだ?」
「まずまずってところです」
「とりあえず、今のところは大丈夫だと思います」
「それは良かったでやんす」
俺と雪飛さんは二人に現在の状況を説明し、俺たちの言葉に二人の表情は一瞬安堵の笑みになる。
「しかし、そうなるとだ。ますます総合から嫌な臭いがしてくるな……」
「試験の難易度を上げるんだったら、そこが一番上げやすいでやんすからねぇ……」
だが直ぐに二人の表情は引き締まり、俺たちを不安にさせてくれるような言葉を告げる。
「……。俺の能力が貴重なのは分かりますけど、ダスパさんたちは本当にそんな事を試験官側がすると思っているんですか?」
一応俺は二人に本当にそんな事が有り得るのかを聞いてみるが……
「ハードルを出来る限り上げるぐらいはしてくるだろ。でないと此処までの妙な動きに説明がつかないしな」
「まあ、ウチの塔長の性格的にその上がったハードルを越えれば、全面的な支援をしてくれるに決まっているでやんすけどね」
「つまり、ハル君にはそれだけの実力が求められているって言う事なんですね」
「そう言う事になるな」
「ま、この辺りの特別扱いは、特異体質を持った人間にはよく有る事っすからね。こうなったら正面から正々堂々と乗り越えてやった方が、後々に響いてこなくていいでやんすよ」
「また、面倒な話ですね……」
「が、頑張ってハル君!私も頑張るから!」
全面的な肯定と、乗り越えられた場合にどうなるかまで示されてしまった。
うーん、やっぱり総合については色々と……とりあえずズタボロにされるぐらいは覚悟をしておいた方が良いのかもなぁ……。
「と、そろそろ時間だな。確か午後一は瘴巨人適性だったろ。ついでだし案内すんぞ」
「ありがとうござ……」
そして、食事も終わり、午後の試験に備えて移動を始めようとした時だった。
「おっ!異世界から来た『救世主』様はっけーん!」
通路の向こう側からそんな凛々しくも何かを楽しんでいるような声が聞こえ、俺たち全員の目がそちらに向けられたのは。
「ははは、こうして直接見てみても、やっぱりアタシらとの違いなんてまるでない感じなんだねぇ」
そこには一人の女性が居た。
女性は若干黒ずんだ紅い髪を後頭部の辺りで束ねてポニーテールにしている他、目はかつての俺たちのように黒く、口元には鋭く尖った犬歯が見えており、纏っている雰囲気が勇ましいとか、凛々しいとか言う形容詞で表せる事も考えると、まるで狼のような気配を漂わせている女性だった。
まあ、歳については俺たちと同じぐらいなような感じはするが。
「アンタ。何者だ?見た感じだとこの塔の人間じゃあないようだが」
「おっと」
女性は俺たちの方に駆け寄ってくるが、俺の前に立つ直前にダスパさんによってその進路を遮られ、言われてみれば確かに26番塔の人たちが着ているのと微妙に違った服の裾を揺らしながらその場に停まる。
「ああ、これは悪かったね。オッサン」
「おっさ……!?」
ちなみにダスパさんは27歳だそうである。
「アタシの名前はワンス・バルバロ。31番塔塔長の姪だよ」
そして女性は挑発的な笑みを浮かべながら、そう自分の名を名乗った。
03/11誤字訂正




