第182話「警護任務-1」
「と言う事になっているでやんす」
ロノヲニトの事情聴取から三日後。
『吠竜撃退作戦』で開いてしまったサルモさんたちの穴を埋めるめども立った頃。
俺たち26番塔外勤部隊第32小隊が自分たちの格納庫で休憩していたところ、突然ライさんが現れ、今後一月ほどの第32小隊の行動予定を通達してきた。
「「「……」」」
「ん?どうしたっすか?」
何故、普段のように通信設備を使って通達するのでは無く、26番塔外勤部隊第1小隊の歩哨であるライさんが直接予定表を持ってきたのかという点だけでも、十二分に突っ込みどころなのだが、この際それは置いておく……と言うか、通達の内容からすれば当然とも言えるので、気にしないでおく。
問題は通達の内容だ。
「つまりこういう事か。明日から二週間、我々第32小隊は5番塔第51層のホテルに泊まり込み、要人警護の仕方を習ってもらう」
「そして、二週間の研修後、ダイオークスを訪れになった『春夏冬』の三人に一週間付き従い、護衛する」
「その後、『春夏冬』の三人と一緒に『ボウツ・リヌス・トキシード』に向かい、現地に居る四人の異世界人……ああいや、ハルのクラスメイトと会合。予定は一週間……と」
「その通りっす」
ライさんの言葉に、第32小隊の全員が一様に微妙そうな顔をする。
対するライさんは……何が不満なんすか?と言わんばかりの顔をしているが……そりゃあ、不満と言うか、微妙な気分にもなるだろう。
「なんか一気に予定が入って来て、僕としては嫌な予感しかしないんだけど……」
「日程に関しては偶然の産物で、他意はないっすよ」
絶対に嘘だ。
これは間違いなくダイオークス、『アーピトキア』、『ボウツ・リヌス・トキシード』の三都市で示し合わせた結果だ。
「言っておくが、要人警護に関する一切の修練を積んでいない私たちでは、例え二週間みっちり研修をしても、隙なく守っています。と言うポージングを見せる事しか出来ないぞ。それでもいいのか?」
「心配しなくても、万全は期すそうっすよ」
要約すると、俺たち以外にも、本業の警護役を陰でこっそり付けますと。
まあ、『春夏冬』の警護については、『春夏冬』の三人が異世界人であると言う事をばれないようにしつつ、俺とトトリの二人に会わせるための方便なんだろうな。
でなければ、別都市からやってきたVIPを素人に任せるとか有り得ないし。
なので、この件については素直に受け入れていいだろう。
「『ボウツ・リヌス・トキシード』って、かなり遠いですよね……移動手段はどうするんですか?」
「予定では『春夏冬』と共に飛行機で移動。と言う事になっているっすね。あ、一応ダイオークスの代表に近い形で行くっすから、向こうでの言動には注意を払うっすよ」
『ボウツ・リヌス・トキシード』に行く件についても、まあ……問題はない。
ダイオークスの代表と言うのが少々怖い所ではあるが、予定表を見る限りではアゲートさんも一緒に来てくれるそうなので、問題はないだろう。
「なるほど。じゃあ、ライさん。二つ程いいですか?」
「何っすか?」
さて、此処までは少々立て込むだけで、特に問題は無かった。
ではこの日程の何が問題なのか。
問題は二つ。
「どうして、ナイチェルとミスリさんの非戦闘員二人も、警護役として参加するんですか?おまけに、慣れない仕事で余裕が無くなりそうなところに、どうして中央塔から新規の人員が俺たち第32小隊に派遣されてくるんですか?」
一つは今回の通達は第32小隊の全員……つまりは、非戦闘員であるナイチェルとミスリさんの二人も、対象にした物であるため、二人も荒事になる可能性がある警護任務に参加する事になっている点。
もう一つ、この誰が見ても慌ただしくなるタイミングで、新しい隊員が入ってくると言う点。
「勿論理由あっての事っすよ」
ライさんは笑顔でそう返す。
そりゃあ、理由は有るだろうさ。
と言うか、無かったら困る。
「そっちの二人が参加する事については、この際二人にも最低限の護身術を学んでもらうと言う点が一つ。そして、警護と言っても、直接体を張るだけが警護では無い……早い話が、監視カメラなどから情報を取得、処理するための人員も必要になるからっす。納得してもらえたっすか?」
「えーと……一応は」
「まあ、そう言う理由なら致し方ありませんね」
俺含め、他の皆も納得した様子を見せる。
まあ、そう言う理由なら、確かにナイチェルとミスリさんの二人が居ても良いんだろう。
「で、もう一つについては?言っておきますけど、こっちについてはどう言い訳をしても無茶な要求である事に変わりはないですよ」
「まあ、無茶なのは確かっすねー」
が、もう一つの話……新入りについては妥協の余地はないだろう。たぶん。
「でも、彼女を加えるのに一番問題が無いタイミングが此処だったんすよ」
「彼女?」
「なにせ、彼女もハルたちと一緒で、他の異世界人に会わせるべき人物っすからね」
「まさか……」
だが、ライさんの言葉で俺は直ぐに自分たちが折れるしかない事に気づく。
そして、俺と同じ考えにシーザさん以外の全員も直ぐに至ったようだった。
「ついでに言えば、特殊すぎる人員っすから、第32小隊以外には任せられないんっすよ」
ああ、これはもう間違いない。
てか、これで違ったら赤面ものだ。
「ま、そんなわけで、とっとと顔合わせをするっすよ」
扉が開き、一人の女性が部屋の中に入ってくる。
女性は漆黒に染まった長い髪をなびかせていた。
その瞳の色は俺とトトリの二人と同じように赤紫色。
顔の造形は、何処か見覚えのある感じがするものだが、耳の部分には角のようなパーツで覆われている。
背は高く、俺よりも頭半分は高い。
が、その割に身体はなだらかで、とても動きやすそうだった。
だが最大の特徴は両腕や首と言った身体の一部に明確な関節部が存在している事。
「初めまして……」
つまりこの女性は女性型アンドロイド。
「いや、久しぶりと言った方が正しいな。ハルハノイとニルゲたちよ。我は……」
所謂ガイノイドであり、その操り主はもしかしなくても……
「ロノヲニトだ。これからよろしく頼む」
ロノヲニトだった。




