第177話「事情聴取-6」
「さて、自己紹介が遅れたな。私はシーザ・タクトス。ハルの上司だ。今からロノヲニト、貴様に幾つかの質問をさせてもらうぞ」
『いいだろう。答えられる物には答えてやる』
場の空気は悪い。
シーザさんも、ロノヲニトも敵意を丸出しにしている感じだ。
「質問だ。イヴ・リブラ博士が貴様に与えた命令は三つで間違いないな」
『ああ。我が自覚している限りと言う但し書きは付くが、それで間違いない』
ロノヲニトに対して、イヴ・リブラ博士から与えられた三つの命令……証拠の隠滅、腕試し、身代わりの事か。
ただ、自分が自覚している限りとロノヲニトが言った点からして、イヴ・リブラ博士ならば無意識の領域に命令を刷りこませることが可能でもある。って事だろうな。
「では、現在の貴様はどういう状況にある?」
『簡単に言ってしまえば待機状態と言ったところだな。証拠隠滅に関しては既に完了しているし、当て馬としての役目も終わった。身代わりについても、追撃が来ない辺りからして、エブリラ様が求めている結果を得る事は出来たのだろう』
待機状態……ねぇ。
「つまり、今の貴様は新たな命令が為され無い限りは、自らの裁量によって動くことが出来る。と言う事か」
『そう考えてもらって構わない。尤も、現状ではこうして求められた質問に対して返答する事以外に出来る事は無さそうだがな』
ロノヲニトからは笑っている気配を感じる。
もしかしなくても、この状況を楽しんでいるのか?
いや、これはたぶんシーザさんに対する挑発だな。
お互いに敵意を丸出しにしているし。
「次の質問だ。仮に今イヴ・リブラ博士から、自殺するように命令を出されたら、貴様はどうする?」
『勿論、自ら死を選ぶ』
「本気か?」
『本気云々以前に、ハルハノイと違って、我にはエブリラ様に逆らう術がない。エブリラ様の命令に対して絶対服従するように造られているのだ。そう、命令の内容がどれほど望まぬであってもだ』
「正しく道具と言うわけか」
『そう言う事だ』
ロノヲニトはイヴ・リブラ博士の命令に逆らえない。
と言う事は、イヴ・リブラ博士の命令が届きかねないような場所に今後連れて行くのはNGだな。
何が起きるか分かったものじゃない。
「しかしハルとは違ってとはどういう意味だ?」
『我も詳しくは知らない。が、エブリラ様曰く、ハルハノイにはわざと人間の血を混ぜたらしい。その関係で、色々と不確定な部分が有るそうだ。恐らく、その不確定の部分に何か有るのだろう』
「なるほどな」
で、俺についてはイヴ・リブラ博士に従わされない可能性もある……か。
だとしたら、ロノヲニトの言う俺に混ざっている人間の血の元であろう両親には色んな意味で感謝しておかないとな。
おかげで、イヴ・リブラ博士に会った時に顔面を殴る事とかも出来そうだし。
「質問を続けよう。ハルの身代わりになる予定だったと言う事は、貴様はあの時起きた現象……我々が『虚空還し』と呼んでいる現象に関して知っている事が有るな。それについて話せ」
『……』
と、ここでシーザさんがロノヲニトに『虚空還し』について尋ねる。
だが、シーザさんの質問に対してロノヲニトは今まで見せた事が無いような、何かについて悩むようなそぶりを見せる。
「どうした?答えられる物には答えるのだろう?」
『……『虚空還し』と言う名は良いな。が、これ以上については喋れない』
「……そうか。なら次だ」
喋れない……か。
ロノヲニトの答えは、それだけで『虚空還し』がどういう存在なのかを俺たちに対して十二分に示していると言えた。
喋れないと言う事はそう言う事なのだろうから。
そして、シーザさんも俺と同じ結論に至ったのか、それ以上『虚空還し』について尋ねることはしなかった。
「今回、貴様との戦いでは多くの仲間が犠牲になっている。その件について何か言う事は?」
『何も……ああいや、こう言う方が正しいな。我は、我の職務を果たしただけだ。そして、我が殺した者も、自分の役割を果たそうとしただけの話だ。故に、我から何かを言う事は無い』
「謝罪も、許しを請う事もしないのか?」
『して何になる?この場合、謝ったところで死者が戻ってくるわけでもなければ、残された者たちの慰めになるわけでもない。ただの自己満足だ』
お互いの職務を果たしただけで、自分が謝っても自己満足にしかならない……か。
確かにある一面においてはそうなのかもな。
「では、仮に貴様が普通の人間並みの身体を持って、この部屋の外に出れるとしたら、何をしたい?」
『元々与えられていた任務からして、我に求められているのはハルハノイのサポートだ。『虚空還し』から助けて貰った恩もあるし、可能ならばハルハノイの助けになるような事をしたくはあるな』
その時だった。
「ほう。そんなにハルの事が大切か。とんだブラコンだな」
「ちょっ、シーザさん!?」
シーザさんが隣に居た俺の腕を引き、首に手を回す形で拘束。
その姿をロノヲニトに向かって見せつける。
「ではここでハルに対して何か有ったらどうするつもりなんだ?」
恐らくはロノヲニトに対する挑発なのだろう。
現に、シーザさんの拘束は簡単には抜け出せないが、まるで極まってはおらず、後頭部に当たっている物をゆっくり感じ取るだけの余裕もあった。
二人だけならば。
そう、俺は直ぐに気付いた。
『ブラコンなのは否定しないが……それは悪手だと思うぞ』
「何?」
この状況で拙いと言うかヤバいのは、シーザさんでもなく、ロノヲニトでもなく……。
「シーザ隊長」
「!?」
トトリである。
「ト、トトリ?どうした?」
「ああっ……鳥が……鳥が……!?」
『ふむ。フアミリアズの使役に特化した魔力パターンのようだな』
「冗談でも、やっていいことと悪い事が有る。と言う事は分かっていますよね」
現実にトトリの周囲に無数の鳥が飛び交っているわけではない。
だがそうとしか思えないような気配をトトリは放出している。
その気配の前には、シーザ隊長も素直に頷いて、俺を開放するしかなかった。
そして、トトリに匹敵するほどではないが、ワンスたちもシーザさんの行動については良い感情を抱いてはいないようだった。
とりあえずシーザさん、此処は素直に謝っておいた方が良いと思います。
でないと……
「後、ハル君」
「ハル君も分かってる……よね?」
「は、はい!分かっています!!」
後が怖い。
って、俺にも飛び火した!?何で!?どうして!?俺は被害者の筈なんですけど!?
「ふ、ふむ、しょうがない。後はこちらで残りの質問や打ち合わせをしておくから、トトリ・ユキトビ君たちは部屋の外に出ても構わない」
「アゲートさん、ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきますね。じゃ、行こうか。ハル君、シーザ隊長」
「「…………」」
トトリの言葉に対して、俺とシーザさんにはトトリの後をついて隔離実験室の外に出る以外の選択肢は無かった。
何だか鳥たちに啄まれている感覚がする……。