第176話「事情聴取-5」
申し訳ありません。
諸事情により、本日は2話更新となりました。
ご注意くださいませ
「分からないだと……」
俺はロノヲニトの事を睨み付けるが、ロノヲニトはそんな俺の様子を気にもせずに話を続ける。
『言っただろう。我の持っている知識はエブリラ様によって恣意的に歪められた知識であると。そうでなくとも、自らの計画が少しでも明らかになる事を嫌がる者なら、部下である者には最低限の知識と情報しか与えないのは当然の事だ。これは、ニルゲだろうが、ゴルドだろうが、関係ないぞ』
「…………」
確かにそうなのかもしれない。
実際、俺は26番塔の外勤部隊に属しているが、ダイオークス政府のお偉いさんどころか、26番塔塔長が普段何を考えて行動しているのかも、把握していないのだから。
そう。ロノヲニトの言葉は人間だろうが神だろうが、それぞれに与えられた役目と領分が存在している社会や組織ならば当然の事なのだろう。
だがそれでもだ。
「それでも敢えて聞くぞ。お前はイヴ・リブラ博士の計画が、この世界の人たちにとって有益な物なのか、被害を与える物なのかが分かるか?」
『ふぅ……分かった。ハルハノイがそこまで言うなら、答えられるだけは答えよう。我に与えられた任務の内容的に、ハルハノイのサポートをする事は問題ないだろうしな』
ロノヲニトは至極呆れたような声を発する。
と同時に、俺はロノヲニトが俺の事を見つめている事を感じ取る。
『さて、先の質問だが、答えは分からない。だ。我にはそもそもこの世界の人間に関する知識が無いから損得勘定は出来ないし、するわけにはいかない』
「ちっ」
『おまけに、人間が混じっているハルハノイと違って、我は二百年間ずっとミアズマントに擬態して生きていたからな。この世界の人間に対して良い感情を持つ事も出来ない。まあ、それはそちら側にとってもだろうがな』
「「「…………」」」
どうやら、ロノヲニトは自分が人間以外の存在であることを自明の理として認識している為に、イヴ・リブラ博士の計画が人間にとって良い物かどうなのかの判断を付けられないらしい。
おまけに今のロノヲニトの発言で、ナイチェル、シーザさん、アゲートさんの機嫌が目に見えて悪くなっている。
なお、何故かトゥリエ教授は機嫌がよくなっているが……これはロノヲニトからミアズマントの生態について聞きたいだけだな。トゥリエ教授だし。
『だが、エブリラ様がイヴ・リブラと言う名前で、三百年前までこの世界に居た事と、その際にこの世界の人間を助けるような活動をしていたのは確かなのだろう』
「ん?ああ、それはそうだけど……」
と、まだロノヲニトの話は終わっていなかったらしい。
『ならば、論理的に考えて、二つほど間違いないと言えることが有るな』
「間違いないと言えること?」
『一つは、この世界の人間はエブリラ様が目的を達する上で、存続していてもらう必要が有ったと言う事。もしも目的を達成するのに必要が無いのなら、瘴気が世界を覆おうが、それに匹敵するような大災害が起きようが、エブリラ様は気にもしなかったはずだし、仮に目的達成をするための障害になるのなら、自らの手でこの世界の人間を滅ぼしにかかっていたはずだ』
「それは……まあ、そうなるか」
確かに今までの情報から判断する限り、イヴ・リブラ博士ならば今ロノヲニトが言った通りの行動を取りそうな気がしなくともない。
と言うか、間違いなく取るだろう。
そのためにわざわざ俺たちを異世界から……ん?待てよ?何で俺たちを異世界からわざわざこの世界に送り込む必要が有ったんだ?
イヴ・リブラ博士程の存在なら、わざわざ俺たちを別の世界から送り込む必要なんて無いんじゃ……。
『もう一つは』
そんな俺の疑問は直ぐに解消される。
『詳しい事情や理由は分からないが、エブリラ様はこの世界に入り、直接何かをすることが出来なくなっていると言う点だ。でなければ、我にしても、ハルハノイにしても、わざわざ別の世界で生み出してからこの世界に送り込むと言う行動の説明がつかない』
「あ……!?」
そうだ。イヴ・リブラ博士がこの世界に留まり、直接何かをすることが出来るのであれば、現地の人間に対して力を授けるなり、指示を与えるなりすればいい。
イヴ・リブラ博士程の名声があれば、よほど理不尽な命令でない限りは間違いなく受け入れられるはずなのだから。
そして、この世界の技術レベルは三百年前の時点でも決して低い物じゃない。
となれば、俺のような存在を作り出すだけにしても、わざわざ別の世界に行く必要性が有るとは思えない。
にも関わらず、イヴ・リブラ博士は俺とロノヲニトを……いや、恐らくはこの場に居る俺たち二人以外にも、たくさんの兄弟を生み出し、この世界に送り込んできている。
どうすればそんな行動をとる必要が生じるのか?
それは、ロノヲニトの言った通りの内容だ。
そう、イヴ・リブラ博士は、この世界に居たくても居られないのだ。
何らかの理由でもって。
「確かに筋は通っているな」
「シーザさん?」
と、ここで俺がどう見てもロノヲニトにやり込められているのを見かねたのか、シーザさんが俺の手からマイクを奪い取る。
「ハル。交代だ。お前だとこちらが本当に聞きたい事が何時までも訊けそうにない」
『ほう。エブリラ様については些事だと?』
「些事ではないが、一番ではない。そもそも向こうはこちらに対して直接何かを仕掛けることが出来ないと言ったのは貴様だろう」
『確かに』
シーザさんがロノヲニトと話し始めた途端に、一気に場の空気が冷え込んだような気がする。
これはもしかしなくても……シーザさん怒ってないか?
俺はシーザさんの横に静かに移動しつつ、そう思わざるを得なかった。