第171話「???-3」
『クラーレ』の何処か。
そこでは相も変わらず『守護者』の二つ名を持つ、戦装束姿で半透明な少女が、黄金色の球体を抱え、巨大な灰色の門の前で佇んでいた。
「……」
そんな時だった。
一切の変化を拒むようなその空間の中で、突如として『守護者』が何かに気が付いたように右腕を自分の前に向けて伸ばし……手を握りしめる。
「敵性存在の排除に成功?」
「ポジティブ。反応は消失した」
「敵性存在の正体は?」
「以前検知した神気パターンに至極類似。一致率は99%以上。同一の存在と見ていいだろう」
「つまりはエブリラ=エクリプスの意を受けたものだったと言う事か」
「ポジティブ。その可能性は非常に高い」
『守護者』はゆっくり手を開くと、身体の姿勢を元に戻しつつ、明らかに一人では有り得ない量の言葉を発し始める。
「エブリラ=エクリプスの目的は何だ?」
「アンノウン。データが不足していて分からない」
「エブリラ=エクリプスはこの世界に入る事を禁じられている。故に自らの意に沿って動くものを用意し、事を進めている。それは間違いないか?」
「ポジティブ。でなければ、わざわざ我々の機嫌を損ねるような行動を、エブリラ=エクリプスがとるとは思えない」
「エブリラ=エクリプスの行動を放置するべきか?」
「ネガティブ。エブリラ=エクリプスは我々の位置も役割も理解している。その上で何かを事を起こしているとなれば、それは我々の役割を果たす上での不確定要素となる」
「我々自身が動いてエブリラ=エクリプスを始末するべきか?」
「ネガティブ。エブリラ=エクリプスの所在が不明の上に、我々がこの場を離れる訳には行かない」
「我々以外にエブリラ=エクリプスの始末を頼む事は出来るか?」
「ネガティブ。確実性や信用性、実力などの面から、推奨は出来ない」
「だが、エブリラ=エクリプスをこのまま放置する事は出来ない」
「…………」
「止むを得ない……か」
『守護者』は目を瞑ると、自問自答のような会話を繰り返しながら、全身を脱力させていく。
すると、それに合わせるように黄金色の球体もまるで眠るように光を失っていく。
そして周囲一帯が完全なる暗闇に包まれたところで……
「んー?これはまた珍しい顔だねー」
「久しぶりだな。『無意識』」
『守護者』によく似た、だが、明らかに気だるげそうな声が聞こえ、『守護者』はその目を開く。
「それでー、今日は何の用ー?貴女が此処に顔を出すなんて、初めての事じゃないのー?」
「ポジティブ。私がここに顔を出すのは初めてで、今日は重要な話が有って顔を出した」
周囲の光景は一変していた。
『守護者』が居る場所は完全なる暗闇から、巨大な円卓と円卓を取り囲むように二十五個の質素な椅子が置かれた小屋の中に変わっていた。
気が付けば、その小屋の中で『守護者』は自らの戦装束に良く似合った黄金色の装飾付きの椅子に座っていた。
そして、『守護者』から遠く離れた席には、『守護者』によく似た、けれど、何処かの学校の制服を身に纏い、その輪郭を蜃気楼のように時折歪ませている少女が顔だけを『守護者』に向けた状態で、円卓にもたれかかっていた。
「もしかしなくても問題はっせーい?」
「どうした?妙に騒がしいぞ。ん?『守護者』。どうしてお前がここに居る?」
「ポジティブ。『狂正者』も来たのか。丁度良かった」
そこへ更にもう一人、こちらは『守護者』を幼くしたような外見の少女が、元々の物よりも更にシンプルに変化した椅子に座った姿で現れる。
二人の姿を見て、『守護者』は自身の表情は変えずに、二人の顔色を窺う。
『狂正者』と呼ばれた少女の表情は、『守護者』の姿を捉えた瞬間から、途端に硬くなる。
『無意識』と呼ばれた少女の表情も、普段のそれに比べれば、格段に引き締まった。
「二人は『神喰らい』エブリラ=エクリプスの所在を知っているか?」
「私は知らないーい」
「数ヶ月ほど前から、私の方でも所在が掴めなくなっている。そして、そう言う質問をしてきたと言う事は……そう言う事か?『守護者』」
「ポジティブ。エブリラ=エクリプスに酷似した神気パターンを保有する存在が私の世界に侵入してきている。今後も侵入してくる可能性は高い」
『守護者』の質問と答えに『無意識』の表情は変わらないが、『狂正者』の表情は一気に険しくなる。
「何をすればいい?」
「エブリラ=エクリプスを探し出して、我々……『守護者』が居る世界に対する今後一切の干渉を禁じるように命令して欲しい。そうすれば、エブリラ=エクリプスは何も出来なくなる……はず」
「分かった。少々厳しいかもしれないが、至急サーベイラオリの奴に探させよう。全く……何処かの世界を適当にほっつき歩いているだけかと思えば、とんでもない事を裏で画策していたものだな……」
「ふうん……『守護者』。私から他の連中に同じことは伝えておいた方が良い?」
「ポジティブ。よろしく頼む」
「りょうかーい。面倒だけど、流石にこれは面倒くさがっていい話じゃなさそうだね」
『守護者』の頼み事に、『狂正者』はあからさまに不快そうな顔をし、『無意識』もその目にやる気を漲らせて対応する。
「では、我々はこれで。ああそうだ。『狂正者』」
「何だ?」
「分かっているとは思うが、護衛は……」
「言われなくとも、調査をしている間、サーベイラオリの奴にはウスヤミを付けておく。凡百の護衛では、アイツがつけ入る隙を与えるだけだからな」
「分かっているなら、何の問題も無い」
そうして、『守護者』、『狂正者』の二人はこの場から消え去る。
「さて、私も久しぶりに仕事をしないとねー」
そして、『無意識』も円卓を取り囲むように置かれている椅子に向かって、何か細工のようなものを仕掛け始めるのだった。
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