第170話「会議室-5」
ダイオークス中央塔第92層大会議室。
そこで開かれていた塔長会議は、重苦しい空気に包まれていた。
「死者十四名。行方不明者約四十名。重軽傷者多数……か」
「サルモ・フィソニダに、グラス・レンザー、フィン・トリガードと言った、優秀な人材を失ったのも痛いですな……」
「他にも、修理が不可能なほどに破壊された瘴巨人や、消耗した素材の事も考えると、他人事とは思えない程に頭が痛くなりますな」
そんな空気になっている原因は言うまでもない。
ほんの数時間前に終わった『吠竜撃退作戦』である。
「だが、迎撃と言う状況に、上がって来ている報告書の中身を鑑みる限りでは、大勝と言っても良い戦果だろう」
「確かに。吠竜のブレス攻撃は事前の調査では判明していなかった攻撃であるし、ロノヲニト等と言う誰もその存在を予期していなかった要素もあるわけですしな。その中で撃退を通り越して討伐を成功させたのですから、褒められはしても、責めることなど誰にも出来ますまい」
「そもそも、今回の事態では、ダイオークスが破壊されると言う最悪の事態もあり得たぐらいですしな」
何人かの塔長が無理に笑顔を作り、明るい話題を提供する事によって、無理やりにでも場の空気を明るくしようと努める。
実際、今回の『吠竜撃退作戦』で予想される死者行方不明者の数は、実際の数倍……場合によっては吠竜を退ける事は出来ても、作戦に参加した外勤部隊が全滅すると言う事態も、塔長たちは想定していた。
その中で、数名の実力者を失うも吠竜を討伐し、撃退した吠竜が再度襲ってくると言う事態が発生する可能性も無くしたのだから、本来ならば塔長会議の面々の表情ももっと明るい物になるべきではあった。
「いずれにしても、失った命は戻りません。空いた穴は他の者を育てて埋めるしかないし、遺族に対して我々が出来るのは、今後の生活を保障する事ぐらいでしょう」
「まあ、それは確かにそうですな」
「それよりも問題は……この二つですな」
だがしかし、それでもなお塔長たちの表情は優れなかった。
「ロノヲニトを名乗る謎の存在に、『虚空還し』……ですか」
塔長たちの視線の先に有るのは二枚の写真。
一枚は『吠竜撃退作戦』中に現れた無数のコードによって身体を構築し、手には異常に軽い黒い槍を持った人型の何者かを写した写真。
ロノヲニトがミアズマントで無い事はほぼ全員が直感していた。
また、ただのミアズマントでない事は、誰の目から見ても明らかだった。
だがロノヲニトについてはまだ彼らの常識の範疇内であった。
問題はもう一枚の写真に写っている物。
『吠竜撃退作戦』終了後に、吠竜と吠竜の身体を検分分解回収していた者たち、それに周囲の空気と建物を巻き込んで発生した現象を捉えた写真。
「まさかここに来て伝説上の存在と言ってもいいような物が出て来るとはな……」
「目撃者の証言を統合した限りでは、特定の空間領域に強力な重力場を発生させる事によってブラックホールを発生させ、範囲内に居た者全てを消滅させた。と言ったところか」
「俄かには信じがたい現象だが……話を聞く限りではそう判断するしかないだろう」
その現象の名は『虚空還し』。
三百年前に瘴気が世界中を覆ったばかりの頃、世界各地で突如発生し、発生すれば、今回と同じように確実にその場に存在している物は消滅、虚空に還されることから、その名が付けられた。
「「「むぅ……」」」
再び、場に重苦しい空気が立ち込める。
「最大の問題は『虚空還し』が現れた事では無い」
「中央塔塔長」
そんな中で、中央塔塔長が重苦しくその口を開く。
「この際、『虚空還し』が何故現れたかについても、気にしないでおこう。その点については、ハル・ハノイが回収してきたと言うロノヲニトの本体と交渉すれば、その糸口程度は掴めるはずだ」
「「「……」」」
「問題はどうやって『虚空還し』に対して我々が抗うかだ。相手が伝説の存在だろうと、姿なき化け物だろうと、その点については変わりない。違うか?」
中央塔塔長の言葉に他の全員が静かに頷く。
だが、中央塔塔長と数人の塔長以外には聞き捨てならない言葉が一つあった。
「ところで中央塔塔長殿。その……ハル・ハノイが回収して来た、ロノヲニトの本体と言うのは何なのでしょうか?こちらの報告書には書かれていないのですが……」
「そう言えば第一次の報告書には間に合わなかったと言っていたな。26番塔塔長」
「はい。ロノヲニトの本体と言うのは、『虚空還し』が発生する直前に我が塔の外勤部隊の一員であるハル・ハノイが吠竜の体内から回収したもので、ハル・ハノイ曰く『スピーカーとマイクを用意すれば、たぶん会話が出来る』との事です」
「それは……」
「確かに報告書にはロノヲニトが知性と言語能力を有すると書かれているな。だが言葉が通じるのか?」
「異世界人特有の言語翻訳能力が有れば問題ないそうですし、場合によっては翻訳ソフトの一つでも作れば問題ない。とは言ってましたな」
「「「ふうむ……」」」
26番塔塔長の言葉に悩ましげな声が部屋の中に満ちる。
「敵を懐に入れてしまっている可能性はあるが……」
「それ以上に貴重な情報の数々を入手できる可能性がある……か」
「十分な注意と監視を行った上でなら、よろしいのでは?」
「そうですな。今は少しでも情報が欲しい時。リスクに見合ったリターンを得られる可能性は十分にあるでしょう」
「では、ロノヲニトをダイオークスの中に入れる事に賛成の者は挙手を」
塔長たちの手は満場一致で上がった。