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瘴海征くハルハノイ  作者: 栗木下
第1章【堅牢なる左】
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第17話「試験準備-3」

 俺と雪飛さんの居住地として用意された一軒家は中々のものだった。

 ライさんの言った通りに内側からカギがかけられる個室が複数あるだけでなく、それぞれの部屋に既に一通りの家具に衣服、道具が揃えられていたし、キッチンや風呂場、トイレなんかもきちんと清潔な物が用意されおり、細かいところは実際に使ってみないと分からないが、傍目にはとりあえず生活に不便な思いをする事はなさそうだった。


「ま、何か困ったことが有ったら、とりあえず俺の家に来てくれればいい。俺とガーベジの二人が居なくても、姉貴と義兄さんのどちらかは居るはずだしな」

「分かりました」

「ありがとうございます」

「じゃっ、あっしらはこれで失礼するでやんすよー」

「また明日な」

 そして、共同生活をする上で一通り必要な決め事……二階を男子禁制の場にしたり、掃除や洗濯、炊事を誰がどうするのかを決めた所で、ダスパさんとライさんの二人は去っていった。

 なお、ダイオークス内部の照明と温度は、基本的には外の明るさと温度に合わせて調整されているそうで、外が曇りなどで暗い日には、ダイオークスの中もきっちり暗くなるそうである。

 どうしてこんな面倒な事をするのか少々気になったので二人に聞いたところ、公的には四季の感覚や、環境への適性を忘れないようにするためだと説明されているらしい。

 まあ、もしも何時か瘴気がなくなって外に出れるようになった時に、そういう物への抵抗力が完全になくなっていたら拙いしな。

 当然と言えば当然か。


「じゃあ、明日からは試験の為に本格的に動き出す事になるわけだし、今日はもう……」

「その前にちょっといい?羽井君」

 でまあ、食事や風呂と言った物が終わった後、もう今日は寝るだけだと俺が思っていた頃。

 雪飛さんが神妙な顔つきで、俺に向かって話しかけてきた。


「何の用?雪飛さん」

 雪飛さんのその顔に、俺もこれから先の話が真剣な物であると察して背筋を正す。


「うん。その……お風呂の中で考えたんだけど、羽井君には話しておくべきだと思った事が有るの」

「話しておくべき事?」

「うん。私がこの世界に来てから、ダイオークスに着くまでに有った事」

「…………」

 そう言う雪飛さんの肩は微かに震えているように見え、俺はドクターの所でダスパさんたちが出したであるレポートの話が出た時の雪飛さんの反応を思い出す。

 あの時もそう……確かに震えていた。


「ちょっと辛くて長い話になるけど、聞いてもらっていい?」

「分かった」

 そうして俺は雪飛さんの身に何が有ったのか、話を聞く事となった。


----------


「ひぐっ……いぐっ……」

「…………」

 話が終わった時、雪飛さんは大粒の涙を流し、嗚咽を漏らしながら泣いており、俺に出来る事は静かに、出来る限り優しく肩や背をさすってあげる事ぐらいだった。


 雪飛さんの話を纏めるならこうだ。

 まず雪飛さんが飛ばされたのは、数日分の食料が用意されたエアロック付きのシェルターだったそうだ。

 そこには雪飛さん以外に四人の男女……二人の男子と二人の女子が居た。

 エアロックの扉には『死にたくなければ助けが来るまでは外に出ないように』と、俺が飛ばされた部屋に有ったアタッシュケースと同じように赤いペンキで文字が書かれていたらしい。

 が、二人の男子がそれに反発して外に出ようとし、女子も一人それに追従して外に出ようとしたそうだ。

 結果、男子二人は大量の瘴気を吸って即死。付いて行った女子はエアロックの扉を閉じる事には成功したが、エアロック内から瘴気が抜け切る頃には死んでいたらしい。

 そして最後の一人だが……どうにも雪飛さんと仲が良かった子らしいが、話を聞く限りでは雪飛さんに離れているように言った上で、エアロック内の女子の死体を確かめたところ、瘴気を吸っていた血液に触れてしまい、その事によって命を落としたそうだ。

 なお、四人の死体だが、雪飛さん曰く溶けてしまったらしい。恐らくは瘴気の作用の一種なのだろう……。


「ううっ……」

「…………」

 何と言うか、やるせない事この上無かったが、それ以上に感じたのはやはり無知であると言う事が如何に恐ろしい事なのかだった。

 この場合のもしもに意味は無いが、もしも瘴気の危険性と言う物を理解していたら、もしも彼らに俺のような瘴気を無効化する力が有ったらと思わずにはいられなかった。

 だが、もう終わってしまった事でもあり、俺に出来る事はただ雪飛さんを慰める事と、今後他のクラスメイト達に遭遇した時に彼らの力になれる様にと今まで以上に強く思う事ぐらいだった。


「ひぐっ……ごめんね。いきなりこんな話をして……」

「気にしなくていいよ。他の皆の行方は俺も気になっていた事だし、それに……」

「それに?」

「一人でずっと溜め込んでいて身体を壊すよりは、俺相手でもいいから吐き出しちゃった方が楽だろうしさ」

「ひぐっ……ありがとう……ハル君」

 雪飛さんが自分の顔が見えないようにと、俺の腹に顔を押し付けるようにしながらそう言う。

 と言うか、いつの間にか俺の事を名前で呼んでいるが……ワザワザ指摘するのも野暮ってもんだな。

 特に深い意図は無いだろうし。


「じゃ、いい加減寝ようか。もう夜も遅いし」

「う、うん。そうだね……」

 雪飛さんが俺の腹から顔を離す。

 その目元は少し腫れている。


「て、あれ?」

 ただまあ、それでもこの場で俺に出来る事は無いと判断して、自分の部屋に行くべく踵を返そうとした時だった。


「…………」

「雪飛さん?」

 何故か雪飛さんが俺の服を掴んで離そうとせず、俯いたまま何かを言いたそうにしていた。

 何か拙い気がする。

 本能的に俺がそう思った時だった。


「ごめんなさいハル君。その……今日だけは一緒に眠ってもらっていい?」

 雪飛さんから爆弾以外の何物でもない発言が飛び出したのは。

03/09誤字訂正

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