第169話「M3-10」
「だからこっちはウチの取り分だって言っただろうが!」
「うるせえ!早いもん勝ちだ!」
一時間後。
倒れた吠竜とロノヲニトの身体には、『吠竜撃退作戦』に参加していた25番塔、26番塔、27番塔の三塔以外の外勤部隊も含めて、多くの人間と瘴巨人が群がり、吠竜の身体を分解、検分すると同時に、自らの塔の所有物にするべく、醜い争奪戦を繰り広げていた。
「はぁ……疲れた疲れた」
「一生に一度の大仕事だったな。こりゃあ」
それと同時に、実際に吠竜とロノヲニトと戦った面々の大半は疲れ果てた様子で、吠竜の頭とロノヲニトの黒い槍共々、我先にと、ダイオークスへ帰っていっていた。
「ほう……貴様らどちらも前線に立っていなかった分際で、よくもそんな台詞が言えたものだな」
「えーと、所属は……ふむふむ。これは報告する必要が有りそうっすねぇ」
「「ひっ……」」
尤も、オルガさんたち26番塔外勤部隊第1小隊を始めとして、余力を残している面々は残っているので、刃傷沙汰に至る事は無さそうだが。
「ふぅ……」
で、俺はと言えば、そんな解体作業を少し離れた場所で一人静かに見守っていた。
そんな時だった。
『ゲヒッ、ゴギュ』
「っつ!?」
不意に無線機からロノヲニトの声が聞こえ、一気に俺の緊張感が高まる。
『シルパスーナ……ザザッ、モウンユルビヒトツウルグセーゼ』
「……」
無線機から聞こえるロノヲニトの声は明らかに生気に欠け、ノイズ交じりの物だった。
また、周囲の反応からして、どういう技術かは知らないが、声を伝える相手を俺だけに限定しているようでもあった。
『サルテ、ワルガニカルタホービダ。イルトゥカノネルタバラシトイルコウカ』
「ネタばらしだと?」
俺はロノヲニトの頭部を睨み付ける。
が、直ぐにロノヲニトの本体はそこではないと判断し、吠竜の腹の辺りに視線を動かす。
『ワルガニハ『神喰らい』エブリラ=エクリプスサバカラアタルラタイルトゥカノヤツルメガータ』
『神喰らい』エブリラ=エクリプス……何処かで聞き覚えのある名だな。
俺がそう思う間にも、ロノヲニトは自分の喋りたい事を勝手に喋っていく。
それを簡単に纏めてしまえば、こういう事だった。
ロノヲニトの役目は二つ。
一つは俺が転移してきた部屋を食う事によって、証拠を隠滅する事。
もう一つは、俺が三つ目の力に覚醒した時点で、攻撃を仕掛け、腕試しをする事。
そのためだけに、『神喰らい』エブリラ=エクリプスによって造られ、二百年も昔にロノヲニトはこの世界に送り込まれた。
そして、ミアズマントに擬態して力を蓄え続けていたらしい。
「『神喰らい』エブリラ=エクリプス……か。イヴ・リブラ博士に近い名前をしているのは偶然……じゃないな。まず間違いなく」
『ソルノアタリハ……ザザッ、シラナヨ』
イヴ・リブラ博士と『神喰らい』エブリラ=エクリプス。
この二人を無関係とするには、あまりにも名前が似ていたし、なによりロノヲニトがわざわざ俺を狙ったと言う事は、この二人の間に何かしらの関係が有る証拠……だと思う。
と言うか、どちらか片方は偽名とかなのかもしれない。
「それで、わざわざ俺にこんな事を話したのはなんでだ?」
『ナルニ、タルダノキルグマグルサ』
無線機から聞こえてくるロノヲニトの声は、非常に楽しく明るい物だった。
ただ、楽しく明るい割には、悲壮感……とでも呼んだ方が良さそうな気配を漂わせていた。
それも、自分がこれからただ死ぬのではなく、誰かの為に死ぬのだと言わんばかりの気配だった。
「…………」
その事に俺は疑念を覚え、イヴ・リブラ博士の性格の悪さも考慮に入れつつ、改めて吠竜とロノヲニトの身体を観察する。
自爆装置……は、無さそうだな。
もし有るなら、ロノヲニトが余計な事を喋る前に起動させているだろう。
だからと言って他に何か目立つものや、この場において意味が有りそうな物も無さそうだし……俺の気のせいか?
『キルツゥカ』
「っつ!?」
そんな時だった。
俺の全身に悪寒や恐怖と言う言葉では表しきれないような何かの気配を感じ取り、一瞬にして冷や汗が噴き出すと共に本能的に臨戦態勢を取る。
「全員、今すぐ吠竜から離れろ!」
『ワルガニハモルヒトツノヤツルメガータ』
同時に、俺は思わず吠竜とロノヲニトの身体の解体作業をしていた人員に逃げるよう叫び声を上げており、俺の事を良く知っている三塔の人間たちと、他の塔の一部の人間は一目散に逃げ出し始めていた。
『フホォンメイサバノミルトゥガノニナルノサテルノメヲゴルマカスタメ』
「【堅牢なる左】【苛烈なる右】!」
気が付けば、吠竜の全身を包み込むように、周囲のそれよりも数倍……いや、数十倍濃い瘴気が発生していた。
俺はその中で、【苛烈なる右】を前に、【堅牢なる左】を後ろに伸ばす。
『ナルニヲ!?』
「勝手な事を……」
瘴気は更に密度を上げ、その内側は徐々に瘴気が濃いだけでは説明がつかない程に暗くなっていく。
だが、それと同時に俺の右腕が吠竜の身体を突き刺し、ロノヲニトの本体だと俺が感じ取っていた部位を掴みとる。
「言ってんじゃねえ!」
『!?』
そして俺が【堅牢なる左】によって自らの身体を後ろに飛ばし、ロノヲニトの本体と思しき小さな球体を、吠竜の周囲の暗くなっている領域から引き出した瞬間だった。
「なっ!?」
暗くなっている領域と明るい領域を分けるように、境界線上に有った全ての存在が切り裂かれ、続けて暗くなっていた領域に有った物……それこそ人間も、瘴巨人も、吠竜の身体も、地面も、微かな光すらも含めて、ありとあらゆる存在が暗くなっている領域の中心点に向かって落ちていき……消えた。
「一体何が……」
全てが消えてしまった空間の穴を埋めるように、周囲から吠竜の身体が有った場所に向かって暴力的な勢いの風が吹き荒れる。
「何が起きたって言うんだ?」
『……』
だが、俺の疑問に答えてくれる存在は誰も居なかった。
08/09誤字訂正