第168話「M3-9」
「ちっ!」
『ヨルクモワルガノテオ……』
【苛烈なる右】が振り下ろされる直前にロノヲニトは黒い槍から手を放し、その身を横に逸らす。
そのためにロノヲニトの頭を狙った俺の一撃は頭では無く、ロノヲニトの腕を切り離すだけの結果になる。
ちっ、出来ればこの一撃で仕留めてしまいたかったんだが……出来なかったものは仕方がないな。
『ダルガ、コルノテードデワルガノウゴガトルマト……』
ロノヲニトの身体は無数のコードが集まって出来ている。
それ故に、腕を切り離した程度では殆ど意味は無く、現に今もロノヲニトの腕は直接俺を攻撃するのに適した形で再生しようとしていた。
だがそれでも問題は無い。
そもそも俺の役割はロノヲニトを仕留める事では無いのだから。
「上出来だ。ハル」
『ナルニ!?』
【苛烈なる右】を振り下ろす関係で、俺は自分の身体を屈めていた。
そして、そんな俺の背中を踏みつけて現れたのは、両手と背中に一本ずつ槍を携えた状態で、十数mの高さに存在する10cmにも満たない太さの黒い槍の上を駆け抜けると言う曲芸をこなして見せた防護服姿の男性。
全く予想外の方向から現れた第三者の姿に、ロノヲニトも驚き、その動きが一瞬止まり、僅かな、けれど今ここに現れた男性……レッドさんには十分すぎるほどの隙が生じる。
「喰らえ化け物」
『グギッ!?』
レッドさんが俺の背中からロノヲニトに向かって跳び、右手に持った槍をロノヲニトの頭に突き刺す。
すると槍から電撃が発せられ、ロノヲニトの全身が硬直させられる。
「これが……」
『ソナッ……』
続けてレッドさんが左手に持った槍がロノヲニトの腹の辺りに刺され、ロノヲニトの身体を内側から破壊するように四方に向かって突起が伸ばされ、その位置を固定する。
「我々26番塔外勤部隊の……」
『バガナ……』
そして固定された槍を足場としてレッドさんはさらに高く跳び、空中で一回転しながら背中の槍を抜くと……、
「力だ!」
ロノヲニトに叫ぶ暇すら与えずに、脳天から吠竜の身体との接続部に向かって真っ直ぐに貫いた。
「よし、逃げるぞ」
「へっ!?」
レッドさんはそう言うと、俺の固定している黒い槍の上を走って、一目散にこの場から離れていく。
いや、て言うか、今の一撃で倒したんじゃ……。
そんな時だった。
『こちらサーチベース。レッド・アニュウムによる敵への特殊攻撃成功を確認』
『こちらコマンド。吠竜並びに謎の敵と交戦している全部隊員に通達。全員今すぐに距離を取れ。奴が暴れ出すぞ!』
耳に填めた無線機から聞こえていたのは、レッドさんの攻撃を確認したと言うトトリの声と、今すぐ逃げろと言うオルガさんの指示。
そしてそれに合わせるように……、
『ギイイィィヤアアァァ!?アルツゥイ!アルツゥイ!?アルツゥイ!!?ナルニダコレハ!?』
「っつ!?」
ロノヲニトが再び動き出したかと思えば、吠竜のそれに匹敵するような大きさの声で叫び、暴れはじめる。
そのため、俺も【不抜なる下】の座標固定を解除すると、尾を操って黒い槍を適当なビルに突き刺し、引くことによってロノヲニトの傍から離脱する。
「やれやれ、予想以上に暴れるな」
「ちょっ、レッドさん!どうしてこんな事になっているんですか!?」
ロノヲニトは自分の身体を両腕で抱えながら、吠竜の身体共々暴れ狂う。
その動きの激しさに下に居る人たち含めて、俺たちは誰一人として近寄ることが出来なかった。
どうして此処までロノヲニトが暴れているのか。
その理由が分からなかった俺は、あの槍の正体について知っているはずのレッドさんに理由を尋ねる。
すると……。
「俺が奴に刺した三本目の槍。アレには、刺した対象の体内に向けてとある酸を送り込む性質が有る」
「酸?」
「ああ、この前お前が倒したフリーの酸を模倣して製造された新型の酸だ。少量しか生成できていない上に、正確な効果についても未検証な試作品だったんだが……歩哨が携行できる量でこの効果とはな。全く、恐ろしい武器が出てきたもんだ。正にチートだな」
とんでもない答えが返ってきた。
フリーの酸を模倣したって……あの酸は俺の【堅牢なる左】の鱗すら溶かし、痛みを与えるような代物なんだが……それを模倣した物を体内に打ち込んだって……うわぁ……ロノヲニトに同情したくなる。
こっちにも被害が出ているから、実際には同情なんてしないけど。
『ヨルクモ!ヨルクモ!!ヨルクモ!!?』
「で、この後はどうするんですか?」
「予定では奴が出てきた穴に『雷霆』か何かを叩き込むつもりだったんだが……少なくとも、奴が動きを止めるまでは無理だろうな。おまけにフリーの酸を正確に模倣したわけじゃないから、爆発物としての性質なども出てしまっているようだ」
そう言われてロノヲニトの方を見てみれば、確かに吠竜の体内から爆発音のような物が聞こえてくる。
恐らくはロノヲニトの体内でショートか何かをして酸に引火、吠竜の堅固過ぎる外殻が壁の様になってしまったのもあって、ロノヲニトの全身を炎によっても焼いているのだろう。
うん。エゲツない。
『コルノニルゲフーゼガ!』
「こっちに来る!?」
「奴が何を言っているのかは分からないが、あの質量での体当たりを喰らったら、こんなボロビルは一発で倒壊するだろうなぁ……と言うわけでハル。頑張れ」
「レッドさん!?」
と、ロノヲニトが怒りと痛みに悶えたまま、俺たちが屋上に居るビルに向かって突撃をしてくる。
狙いは言うまでも無く、今の自らの状態を作り出した元凶であるレッドさんだろう。
そして、当のレッドさんはと言えば……俺にロノヲニトの事を任せて、何処かに行ってしまった。
と言うか、レッドさんにはロノヲニトの言葉の意味が分からないって……え?
『シヌルエェェ!』
「ああもう、それどころじゃないか!【堅牢なる左】【苛烈なる右】【不抜なる下】!」
既にロノヲニトの身体はビルにぶつかる直前だった。
だがその前に俺は【堅牢なる左】【苛烈なる右】【不抜なる下】を今出せる最高の出力で起動。
『!?』
「いい加減に……」
【堅牢なる左】によってロノヲニトの突進を防ぎ、【不抜なる下】の座標固定によって押し込まれるのを防ぎ……
「くたばれ!」
【苛烈なる右】によって吠竜の身体ごと、ロノヲニトを切り裂いた。