第163話「M3-4」
『こちらコンテイン1。やはり対キャリアー用のバリケード程度では気にも留めないな』
『こちらコンテイン2。今からワイヤーロープのトラップを起動する』
『こちらコンテイン3。準備完了。何時でもいける』
オルガさんから指示を受けた俺は、受信専用の無線機を装着すると、建造が完了した防御用陣地の脇に建つビルの中で、レッドさんたちと一緒に待機をしていた。
そして、そのビルの中で俺はこちらに向かって来ている吠竜の気配に注意を払いつつも、頭の中で状況と情報を整理していくことにする。
『こちらコマンド。コンテイン1の結果を把握。次の任務に移れ。コンテイン2、コンテイン3は順次作戦行動を遂行せよ』
『『『了解』』』
まず吠竜はダイオークスの方にまっすぐ向かってきている。
その歩みはそれほど速い物ではないが、先程の報告からして、対キャリアー用のバリケード程度では足止めにもならないようだった。
だがそれも当然だろう。
事前の調査隊の報告によれば、吠竜は全長約90mで、胴体部だけでも30m以上あるし、胴体の体高も20mは確実に超えているらしい。
そりゃあ、キャリアー用のバリケード程度では止まるはずがない。
『こちらコンテイン2。ワイヤーロープを起動した。これで……なっ!?』
「ちっ、流石は竜級と言ったところか」
遠くの方から巨大な何かが崩れ落ちるような音が聞こえてくる。
『こ、こちらコンテイン2!野郎、脚に引っかかったワイヤーロープをそのまま引っ張って、両端を結びつけてあったビルを引き摺り倒しやがったぞ!?』
『こちらコマンド。落ち着けコンテイン2。ワイヤーロープはどうなった?』
『え?あ……ワイヤーロープは事前の予想通りに切り裂かれている。えーと、どうやら断面を確認した限りでは、噛み切られたようだな』
『ご苦労。コンテイン2も次の任務に移るように』
『くっ、了解……』
無線機からコンテイン2の悔しそうな声が聞こえてくる。
どうやら、吠竜の膂力はビルを引き摺り倒せるだけの力が有るらしい。
そして、事前の予想通り、新造のワイヤーロープも牙で噛まれたり、爪で引っ掻かれたりすれば切れてしまうらしいな。
尤も、逆に言えば、爪と牙にさえ注意すれば、切られることは無いとも言えるが。
『こちらコンテイン3。対熊級用狙撃ライフルではやはり駄目だな。鱗に当たれば徹甲弾でもかすり傷一つ付けられずに弾かれるし、翼に当たっても貫通しないからほぼ無意味だ』
『他の弾丸はどうだ?』
『炎熱弾、電撃弾、酸性弾はそもそも刺さらない。特に炎熱弾は絶望的だな。鱗を加熱する事すら出来ていなさそうだ。粘着弾については一応翼に貼り付けることが出来たが、数発程度では目に見えた効果は無いな』
『ご苦労。コンテイン3もコンテイン1、コンテイン2と同様に、周囲の狼級、熊級のミアズマントがこちらに来ないように牽制しておいてくれ』
『了解。作戦の成功を祈らせてもらう』
吠竜の鱗は熊級ミアズマントとは比較にならない程に強固な物のようだ。
コンテイン3の使った対熊級用狙撃ライフルと言うのは、俺の記憶が確かなら、外で使えるように調整されているのは勿論の事、使用する弾丸にもよるが、こちらが撃ち込んだ弾丸をミアズマントが取り込んで再利用する事が無いように、金属と岩石の肉体を持つミアズマントの身体を遠距離から撃ち抜けるだけの破壊力を有する武器である。
当然、通常の外勤部隊が使用する武器の中ではトップクラスの破壊力を有する武器だと言ってもいい。
それがまるで通らないとは……俺の【苛烈なる右】でももしかしたら厳しいかもしれないな。
「だいぶ近づいてきたな」
「みたいですね」
吠竜の足音がはっきりと聞き取れるようになってくる。
この分だと、吠竜が歩く振動が地面を伝って感じられるようになるのもそう遠くはないだろう。
『こちらコマンド。全部隊準備は完了しているか?』
『『『ーーーーー!!』』』
オルガさんの確認の質問に返答するように、様々な声が無線機の向こうから矢継ぎ早に聞こえてくる。
俺の耳では全てを聞き取れないが、聞き取れた限りで判断するならば、概ね準備は完了しているらしい。
『サーチベース。今の吠竜の様子は?』
『真っ直ぐコマンドの方に向かっていますが、特に変わった様子は見られません。先程のコンテイン1たちの妨害行動についても気にする様子はありません。そろそろそちらでも姿が確認出来る頃だと思います』
無線機からトトリの声が聞こえてくる。
と同時に、吠竜が近づいてきたのか、微かに地面が揺れ始める。
どうやら流石に今の吠竜の様子を窺えるのは、トトリの『サーチビット・テスツ』ぐらいの物らしい。
『了解。これからも随時報告を頼む』
『サーチベース、了解しました』
「来たようだな」
「!?」
やがて、濃い瘴気の向こうに巨大な影が映り込み始める。
地響きを立てながら迫ってくるそれは、鱗に覆われた四本の脚を順に動かし、長い鎌首をもたげると同時に二個の目から赤い光を発しながらこちらを見据え、背中の蝙蝠のような翼をはためかせると共に、複数の突起物が生え揃った尾を左右へ僅かに振っていた。
間違いない。
今俺たちの元に迫って来ているのは、俺がこの世界に来て最初に出会ったミアズマント。
竜級ミアズマント・タイプ:ドラゴン。
吠竜だ。
『グオオオオォォォォ!』
『総員!戦闘態勢!』
そして、戦いが始まる。




