第162話「M3-3」
「今から、『吠竜撃退作戦』についての説明を行う。作業がある者は作業を止めずに聞き、作業が無い者は一言一句逃さずに聞くように!」
外付けのものと思しき拡声器によって、オルガさんの声が周囲一帯に響き渡る。
その声に俺とレッドさんだけでなく、声が届く範囲内に居る全員の気持ちが引き締まり、姿勢も背筋をしっかりと伸ばすなど、心身両面で明らかに改まった状態で敬礼を返す。
「まず現在の状況だが、吠竜に対しては別働隊が時間稼ぎと体力の削りを兼ねて、遠距離から攻撃を行っている。そして、我々の部隊も、我々以外の部隊も、それぞれの役目を果たすべく、必要な準備を進めているところだ」
「この部隊の準備については見ての通りだ」
「あの壁ですね」
オルガさんの言葉を補足するように、隣に居るレッドさんが建造中の防御用陣地を指差す。
防御用陣地の幅は俺たちが今居る片側三車線の道路を端から端まで封鎖するほどだが、高さは10m程と、あの吠竜を相手取るには若干どころでなく小さいように感じる大きさだった。
尤も、周囲の瘴巨人の動きからして、これから逆茂木や大砲のような物を設置するようだが。
「我々の部隊に与えられた任務は、吠竜をこの場に留めると同時に、その注意を自分たちに向けさせること。分かり易く言うならば、陽動と足止めと言う事だ」
「「「…………」」」
オルガさんの言葉に僅かではあるが、場に動揺が生じる。
そりゃあまあ、誰だって陽動や足止めのように、危険が多く、死ぬ可能性が高い部署なんて嫌に決まっている。
それでも大きな動揺にならないのは、全員が薄々その事に感付いていた事に加え、この作戦の総指揮官として扱われているオルガさんがこの場に居るからだろうな。
「だが間違えるな!我々の仕事に死ぬ事は含まれていない!我々の任務は死者には果たせないのだ!」
俺たちの動揺を察してか、オルガさんの演説に力が込められる。
「吠竜が我々を攻撃していると言う事は、それだけ別の部隊が被害を受ける可能性が低くなっていると言う事!吠竜が我々に注意を払っていると言う事は、それだけ別の部隊が攻撃する機会に恵まれると言う事!我々は吠竜の牙と爪から仲間たちを守る盾であり、決して欠くことは許されない盾なのだ!」
場に僅かに漂っていた動揺が消え、代わりに戦意が漲っていくのを感じる。
「よーし、全員やる気が出てきたようだな。それでいい」
そして、そんな俺たちを見て、満足そうにオルガさんの瘴巨人は一度頷く。
「では、具体的な作戦についての説明をするとしよう。勇気と蛮勇は別物。ただ突っ込むだけの愚か者は、足を竦ませてその場から動けない臆病者よりはるかにたちが悪い。そもそも、吠竜程の化け物相手に無策で挑んだところで、一瞬の時間すら稼げないのは明瞭な事実だからな」
オルガさんの言葉に全員が静かに頷き、次の言葉を待つ。
「我々の役目は先ほども言ったように陽動と足止めだ。その役目を果たすためには、吠竜に我々を放置するわけにはいかないと言う危機意識、そうでなくとも、ハエや蚊程度に煩わしい存在だと思わせる必要が有る」
「ハエや蚊って……」
「まあ、オルガお嬢様だしな……」
何と言うか、微妙に先程までの戦意を大きく高揚させる演説を台無しにしている感じもするが、実際、俺たちがする事を吠竜の側から見たら、その程度なのかもな……。
「だが吠竜の鱗は堅く、瘴巨人程度の攻撃ではよほどの勢いを付けても攻撃が通る事は無いだろう。おまけに、それほどの勢いを付けて放つような攻撃は、大抵の場合において攻撃者を隙だらけにさせる」
「「「……」」」
「故にこれらの武器を使う」
オルガさんはそう言うと、自らの足元に転がっていた太いロープと細身の槍のような物を持ち上げ、俺たちに見せる。
あの槍は……うん、逆茂木に使われている槍と同じものみたいだな。
ただ、何かしらの仕掛けは有りそうだ。
「この縄は新開発されたワイヤーロープで、吠竜の鱗程度では傷つかず、しかもこの場に居る全員が違う方向に引っ張ったとしても切れない程の強度を有している。故に、一つ目の案として、このワイヤーを吠竜の身体に絡ませ、多くの人員で持って引っ張るか、近くのビルに結びつけてしまうと言う方法がある」
吠竜の鱗程度では傷つかないワイヤーロープか。
どうやって吠竜の身体に絡ませるのかと言う問題はあるが、確かに有効そうではあるな。
ただ鱗程度では傷つかないと言う事は……、
「勿論、吠竜の爪や牙による切断までは防げない」
「まあそうですよね」
俺の視線を察したレッドさんが、予想通りの言葉を返してくる。
まあ、擦れるのと切れるのは全くの別物だし、これは仕方がない事なのだろう。
「こちらの槍は使い捨てだ。中には大量の酸と酸による腐食を助けるための触媒が装填されており、ミアズマントの身体に突き刺さるのと同時にミアズマントの体内へと酸が注入される。早い話が毒塗の槍だな。故に、取扱には細心の注意をするように。それで、二つ目の案だが、この槍を吠竜の関節部や口内、翼の膜など、装甲が薄い場所をこの槍で攻撃し、吠竜の体内に酸を注入すると言う方法だ」
二つ目の案は毒塗の槍か。
上手く決まれば吠竜体内の器官にまでダメージを与えられそうではあるな。
ただ……
「他にも、対吠竜用に鋳造された大型の盾や、罠の類も用意してある。が、忘れるな。我々の役割はあくまでも陽動と足止めだ。倒す事ではない。生き残ることを第一とし、とにかく吠竜の嫌がる事をし続けてやれ。そうすれば吠竜に隙が生じ、別働隊が吠竜に痛打を叩き込む事が出来る。これが本作戦の基本形だ」
そう、俺たちの役目は吠竜を倒す事じゃない。
吠竜をこの場にとどめ、隙を作る事が俺たちの役目なのだ。
「よし、全員しっかりと理解したようだな。では、各員に装備の配布と、細かい指示を与える」
そして俺たちは『吠竜撃退作戦』の為に動き出した。
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