第158話「つかの間の休息-5」
「まず確認だが、ハルは自分がトトリが居た世界とはまた違う世界の出身だと言う事を知らなかったんだな」
「全く知らなかったです」
「行方不明になった事や、元居た世界の常識から見て妙な状況に遭遇したことは?」
「うーん、俺自身の記憶から見ても、両親から聞いた話にしても、そう言う事は一度も」
「なるほど……」
俺の言葉に、シーザさんは何か考え込むような仕草を見せる。
うーん、たったこれだけの話で、一体シーザさんには何が分かったんだ?
「ふむ。こうなると、幾つかのパターンが考えられそうじゃな」
「ああ、だがどれも有り得てしまいそうではあるな」
「この際、どのパターンかは気にしなくてもいいと思うのじゃ」
「まあ、それもそうか。相手が相手だしな」
トゥリエ教授も、今の俺の発言で何かが分かったのか、シーザさんに向けてそう言う。
いや本当に、二人とも一体何が分かったと言うんだ?
「えーと、そのパターンと言うのは、一体何の話で?」
「何時ハルがトトリたちの世界にやって来たのかと言う話だ」
「「「?」」」
シーザさんとトゥリエ教授以外の全員の頭に疑問符が浮かぶ。
いやまあ確かに、俺がトトリの世界とはまた違う世界の出身だと言うのなら、何処かでトトリの世界に渡ったタイミングが有るんだろうけど……。
「ハルの話からして、現状考えられるパターンの中で有力なのは二つと言ったところだろう」
「二つ?」
「一つは赤ん坊の頃に取り換えられたパターン。まだ自分と言う物をはっきり認識していない頃なら、赤子と、その赤子そっくりなハルを入れ替えれば、その後誰にも疑問を持たれることは無いだろう」
「なっ!?」
「もう一つは、胎児の頃に入れ替えられたパターンじゃな。こちらは得体の知れない技術になってしまうが……どちらのパターンにしても、吾輩たちが犯人として想定している奴ならば、十分に出来る可能性があると言えてしまうのじゃ」
「それってまさか……」
俺の脳裏に一人の人物の思い浮かぶ。
一瞬だけ、幾らなんでも有り得ないと思う。
「そう。イヴ・リブラじゃ」
だが直ぐに、イヴ・リブラ博士なら出来るかもしれないと思い直す。
と言うのも、イヴ・リブラ博士は俺の【堅牢なる左】や異常な強度を誇る短剣のように、得体の知れない技術と、それらを使って作られる原理不明の物品を幾つも持っているはずなのだから。
「イヴ・リブラは明らかに、ハルに対して特別な干渉を行っているのじゃ。そして、ハルの【堅牢なる左】等の第二の異世界に由来するであろう力は、イヴ・リブラの用意したデータによって発現出来るようになっているのじゃ」
「となれば、こちらの世界に来る以前からイヴ・リブラ博士がハルに対して何かしらの干渉をしていてもおかしくないと、私とトゥリエ教授は考えたわけだ」
二人の話に、否定する余地は無い……と、思う。
少なくとも、イヴ・リブラ博士と俺の間に何かしらの繋がりが有る事は確かなのだし。
「まあ問題は、イヴ・リブラ博士が今何処に居るのか……いや、そもそも何処の世界に居るのかすら分かっていないと言う点だが……」
「それでも、イヴ・リブラ博士を問いただすことが出来れば、全てが明らかになる可能性がある……と」
「そう言う事になる」
どうして俺たち異世界人をこの世界に送り込んだのか。
俺に与えられた能力が何なのか。
俺の生まれは一体何処なのか。
その全てを、イヴ・リブラ博士を問いただし、博士が答えてくれれば分かる……か。
ある意味分かり易い状況になったのかもしれないな。
イヴ・リブラ博士が何処の世界に居るのかすら分からないと言うのが、悩みの種ではあるが。
「ただ、なんて言うか、此処まで来ると瘴気の発生原因にもイヴ・リブラ博士が関わって来ていそうな気がしてくるね」
「後は瘴巨人とか、ミアズマントも?」
「全部、全て、皆、イヴ・リブラ博士の仕業だったんだよ!って事?」
「冗談なのに、冗談として流して良いのか悩ましいのが怖いところですね」
「ハハハハハ……ボソッ(一応、瘴巨人については最初の製作者がはっきりしているんだけど……うん。関わりが無かったとは言い切れないかも)」
「皆……」
と、ここでワンスたちからも話が出てくるが……うん。ナイチェルの言うとおり、冗談として否定しきれないのがイヴ・リブラ博士の怖いところだな。
実際、外勤部隊に入る時の勉強で一通りの事は習ったけど、そこでは瘴気がどうして発生したのかと言う、根本的な部分については教えて貰えなかったんだよなぁ。
その後個人的に気になって調べてみても、まるで情報が出て来なかったし。
「いずれにしても、今後も私たちがやるべき事に変わりが出る事は無いだろう」
「異世界転移技術の手掛かりを探す事……ですね」
「そうだ。イヴ・リブラ博士がこの世界に居る可能性は低い。故に、トトリたちが元の世界に戻るためにも、イヴ・リブラ博士を見つけて問い質すにしても、異世界転移技術は間違いなく必要になるだろう」
シーザさんの言葉に全員がその通りだと頷く。
「ハル」
「はい。それじゃあみんな……」
シーザさんの求めに応じて、俺は席を立つと一度全員の顔を見回す。
「俺の為にも、トトリの為にも、ダイオークスの為にも、これからもよろしく頼む」
そして、出来る限りの心を込めて、そう言った。