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瘴海征くハルハノイ  作者: 栗木下
第3章【不抜なる下】

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第156話「つかの間の休息-3」

「が、その前にじゃ。まずハル以外の面々はこの部屋から出ていって貰えるかの」

 ドクターはそう言いながら、俺以外の面々を指さすと、続けて部屋のドアを指差して、部屋の外に出て行くように促す。

 直ぐにでも話が始まるかと身構えていた俺としては、虚を突かれた気分である。


「理由は?26番塔外勤部隊第32小隊の隊長として、隊員に何らかの問題が発生したならば、それを知る義務が私にはあるのだが?」

「そうでなくとも、理由なしに遠ざけられる事が無い程度には、アタシたちとハルの仲は深いと思うんだけど」

「心配せんでも、小隊の運営に影響するような内容ではない。ただ、お主らに聞かせるかについては、儂では無く、ハル自身が決めるべきだと、医者として判断させて貰っただけの事じゃ。これで理由は分かったな。分かったら、部屋の外に出るんじゃ」

「「「……」」」

 ドクターの言葉にダスパさんたち第3小隊の面々を筆頭として、順に部屋の外に出ていく。


「ハル君。出来ればでいいから、どういう内容だったか聞かせてね」

「アタシたちは部屋の外で待ってるよ」

 ただ、ワンスやトトリ辺りは不精不精と言った感じで、その顔は明らかに不満げな様子だった。

 尤も、それ以上に俺のことを心配している事も伝わって来たが。


「さて、全員出て行ったようじゃな」

 部屋のドアが完全に閉められ、鍵がかけられる。

 そして、窓も同様に鍵が掛けられ、カーテンも閉められる。

 これでこの部屋の中は完全な密室になったと言う事である。


「こほん。では、話を始めるかの」

「はい」

 ドクターは一度咳払いすると、表情……は相変わらずの水色毛玉だから分からないが、真剣な雰囲気は漂わせてくる。


「まず確認じゃ。ハル、お主は今回の任務中、敵が引き起こした土砂崩れから皆を守るために、数秒間一歩も引かずに真正面から土砂崩れを止めた。そうじゃな」

「その通りです」

「ふむ。となるとやはり問題じゃな」

「問題?」

 俺は改めて、先程ドクターから渡された診断結果の紙を見る。

 俺の診断結果の内容は完全な健康体。

 何処にも異常がないと言う物だった。

 そして、俺自身の感覚でも、今朝の時点では僅かに感じていた疲労感を含めて、何処にも異常は感じていなかった。

 一体これの何処が問題だと言うんだ?


「そう、何の異常もない。それが問題なんじゃ」

「?」

 ドクターの言葉に俺は首をかしげる。

 何の異常もないのが問題ってのはどういう事だ?


「確かにお主の身体には何の異常もない。じゃがなあ、よく考えてみるんじゃ。巻き込まれれば、キャリアーや瘴巨人ですらただでは済まない規模の土砂崩れじゃぞ。瘴気によって身体能力が強化され、【堅牢なる左】のような不可思議な力を持っているにしても、ただのヒトが耐えられると思うか?」

「でもこうして俺は……」

 無事にこの場に居る。

 俺はそう続けようとしたが、その前にドクターは更に言葉を重ねる。


「ああそうじゃ。かすり傷一つ負わず、此処に居る。そんなのは、(ドラゴン)(クラス)のミアズマントにも無理な事なのにじゃ」

「っつ!?」

 竜級のミアズマントですら、多少の傷を負うのは当然。

 そんなドクターの言葉に俺は軽い衝撃を覚える。

 だって、ドクターの言葉の意味を正しく捉えるのであれば、俺は竜級ミアズマント以上の化け物と言う事になるのだから。


「この際じゃからはっきり言わせてもらうぞ。お主の肉体は、この世界の(ファイブ)(キングダム)(セオリー)や三ドメイン説に属する生物には属していないし、恐らくはお主が元居たと言う世界のヒトと言う種ともまた違う物じゃ」

「五界……説?」

「全ての生物は五つの種類に分類出来ると言う考え方じゃな。まあ、今はそれに加えて、色々と有るが。と、こんな事はどうでも……」

 ドクターの言葉と共に、俺の脳裏に今回の任務で見つけたアタッシュケースに書かれていた文章が思い出される。

 そう、あの文章を正しく訳すならば……、


Halhanoy(ハルハノイは) does not(五界説に) belong to the (属していない)five kingdom theory.』


 それはつまり……俺は人間では無く、それどころか、生物の進化の系統樹にすら属していない。異常な存在と言う事になる。

 勿論、イヴ・リブラ博士が俺を挑発したり、動揺させたりするために、適当な事を書いた可能性だってある。

 だが不思議と、俺にはこの言葉が真実であることが分かった。分かってしまった。

 しかしだとすれば俺は一体何者で、何故イヴ・リブラ博士はこの事実を知って……。

 そうやって俺が思考の坩堝に嵌っていた時だった。


「人の話を聞かんかい!」

「くさあああぁぁぁ!?」

 俺の鼻を強烈な納豆臭が襲い、俺の意識は強制的に現実へと引き戻される。

 そして、現実に戻ってきた頭でドクターの姿を見れば、その手には一束の藁が……どうやらあれの内部に入っている納豆の臭いを嗅がされたらしい。

 ううっ……十分な距離を取っているはずなのに、まだ臭いが漂ってくる。

 こんな臭いを嗅いだら、きっと死人だって生き返るぞ。


「ハルよ。お主が何を考え、何を思おうが、事実は変わらん。お主は間違いなくヒト以外の何かじゃ。それは認めるしかない。じゃがなあ……」

 ドクターはそこで一度言葉を切り、真っ直ぐ俺の顔を……いや、俺の背後に居る何かを睨み付けるような視線を向けてくる。


「ヒトである事と、人間である事は決してイコールで繋がる事ではない。その事だけは肝に銘じておくのじゃ」

「ヒトである事と、人間である事は、イコールじゃ……ない?」

 ドクターのその言葉は、不思議と俺の耳に残り、何度も頭の中で反響した。


「話は以上じゃ。外に居る者たちに話すかどうかは、自分で決めるんじゃな。じゃが、相手を信頼しているならば……分かるな」

 ドクターはそう言うと一束の資料を置いて部屋の外に出て行ってしまい、代わりにワンスたちが部屋の中に入ってくる。

 俺がどうするべきかは……直ぐに決められた。

07/26誤字訂正

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