第152話「帰路-5」
「どうなっている……?」
俺が疑問を感じる中、二台のキャリアーはエイプに備えて陣形を整えているサルモさんたちの横を通り抜けると、そこで一度停車する。
『ハル。聞こえるか?』
「サルモさん」
こちらの周波数に合わせてきたのか、サルモさんの声が耳に填めた無線機から聞こえてくる。
そして、その声に合わせてサルモさんが居る方を俺が向くと、防護服を着たサルモさんは俺たちがやって来た方向を警戒したまま片腕だけ上げて、自分の存在をアピールする。
『今の状況と分かっている範囲で構わないから、敵の詳細について教えてくれ』
「えと、そう言う事だったら……」
『サルモ隊長。私から説明させていただきます。ハル、トトリ。二人は私の説明に不十分な点が有ったら、補足してくれ』
「分かりました」
「了解です」
エイプに関しての情報を求めてきたサルモさんに対して、シーザさんが現在の状況とエイプに関して分かっている事を説明する。
勿論、エイプの戦法だけでなく、エイプが特異個体として有する特殊な能力も、その特殊な能力によって引き起こされた土砂崩れについても、俺とトトリが補足する形で説明をする。
『土砂崩れか……馬鹿でかい音が聞こえてきたから、何が起きたのかと思っていたら……そう言う事だったか』
『それで現在の敵の状態ですが……ハル、トトリ』
「俺の耳の方では何も」
俺は瘴気に紛れる形での不意打ちを防ぐために【堅牢なる左】を起動しておく傍ら、こちらに向かって近づいてくる物が無いかを音で判断しようとする。
が、俺の耳で聞く限りでは、特にこちらへ向かって迫って来ている存在は居なさそうだった。
うーん。あの去り際に聞いた悔しそうなエイプの声を聞く限り、そんな簡単に諦めるとも思えないんだがなぁ……。
「トトリの方は?」
「エイプは現在、山道の終わり近くに在る高台からこちらの様子を窺っているみたいです」
『窺っている?』
トトリの言葉にサルモさんが怪訝な声を発する。
「はい。そんな感じです」
『こちらが敵の様子を探っている事に気づいている様子は有るのか?』
「何度か私の『サーチビット・テスツ』の方も見ていますし、たぶん、こちらがエイプの動向を探っている事にも気づいています」
『……』
そして、続けて発せられたトトリの報告にサルモさんは悩むような仕草をし、無線機からはそれを裏付けるような無言が伝わってくる。
『ビビったのか?』
『この数の差だしな。それもおかしくは無いだろ』
『なんなら、こっちから山に踏み込んで仕留めに行っても……』
陣形を整えていた26番塔外勤部隊の面々からエイプを侮るような声が聞こえてくる。
だがしかし、直接エイプと対峙した俺にはそれがとても危険な考えに感じた。
なので、陣形を整えていた26番塔外勤部隊の面々に俺が注意を促そうと思った時だった。
『駄目だ。絶対に山には踏み込むな』
『『『……!?』』』
サルモさんの声が重く、冷たく辺りに響く。
その声に多少緩んでいた辺りの空気が、引き締め直される。
『いいか。俺たちの任務は敵ミアズマントを平地で迎撃する事だ。山狩りじゃない』
『『『……』』』
『そして、任務を抜きにしてもだ。今回の敵は彼我の実力差をはっきりと認識して勝てない勝負はせず、地形や周囲の物体を利用した戦略を組み立てられるような知恵ある獣だ。敵のテリトリーに何が仕掛けてあるか分かったものじゃない』
『知恵ある獣……』
『となると、今の迎撃をする事に専念した俺たちの装備で挑むのは無謀だろうな。それでも無理に挑めば……良くて多大な被害を出した上での撃破。最悪、各個撃破されて、全滅する事もあり得るだろうな』
『ゴクリ……』
『全滅……』
『それは……割に合わないどころじゃないな』
そしてサルモさんはゆっくりとこちら側から攻めてはならない理由を上げ、その内容に全員が納得した事をそれぞれに表す。
実際、特殊な能力を使ったとは言え、俺たちを確実に巻き込めるように土砂崩れを起こせるような知恵と実力をエイプは持っている。
となれば、小隊単位で行動せざるを得ない山の中でエイプを狩るのは……例えツリーを始めとした他のミアズマントが居ない場所を選んでも厳しいものが有ると言うのは、至極妥当な判断だと思う。
俺でもエイプの特殊能力の直撃を受けたら、ただでは済まないだろうしな。
『それでエイプを追わないのは分かりましたが、これからはどうするので?』
『念の為にエイプを警戒しつつ、第3小隊と第32小隊を護衛しながらダイオークスに帰還する。そもそもエイプを迎撃すると言う任務も、この二小隊の為だしな』
『『『了解』』』
『ダスパ、シーザもそれでいいか?』
『よろしくお願いします』
『むしろこっちから頼みたいぐらいだ。俺等はともかく、ハルとトトリの二人の疲労はそろそろヤバい事になっているはずだ』
で、エイプを追わない事が決まった以上、サルモさんたちがこの場に留まる理由は無い。
それでどうするのかと思っていたのだが、どうやら俺たちの護衛についてくれるらしい。
うん。凄くありがたい。
周囲の瘴気を吸えばエネルギーを補給出来る上に、特殊な何かをしていない俺はまだまだ大丈夫だが、『サーチビット・テスツ』をずっと使い続け、常に緊張を強いられ続けていたトトリの体力はいい加減限界だろう。
先程から微妙に『テンテスツ』の動作が怪しくなってきている気もするしな。
「じゅあ、お願いします。サルモさん」
「ふう……じゃあ、後はお願いね……」
『ああ、任せておけ』
そう言うわけで、トトリを『テンテスツ』から降ろし、キャリアーの中で休ませると、サルモさんたちに護衛された状態で俺たちはダイオークスに帰還するのだった。




