第15話「試験準備-1」
翌朝、俺と雪飛さんは泊めて貰った宿泊施設の前でダスパさんとライさんの二人と合流すると、移動を始めた。
「それで、今日は外勤の部隊に入るための手続きをするんでしたっけ?」
「ああ、昨日まではそのつもりで、実際昨日の内に俺とオルガの方でやれる手続きは終わらせておいたんだが……多少厄介な事になった」
その言葉を発したダスパさんの顔色は優れない。
どうやら、何か有ったらしいな。
「え?」
「と言うと?」
「今朝になって塔長の方から、通達が来たんでやんすよ。異世界人ハル・ハノイと異世界人トトリ・ユキトビの二名が外勤の部隊に入る事を望む場合は、必ず正規の試験を受ける様にとの事でやんす」
「!?」
「……」
ライさんの言葉に雪飛さんは驚きの感情を露わにするが、俺としてはそもそも正規の方法以外の手段が有ると言う事に突っ込みを入れたい気分だった。
ただ、詳しく話を伺うと、コネと言うよりは推薦に近い物であり、しかも入隊後一年の間は推薦した隊長格以上の人間がきちんと面倒を見るのを前提とした制度らしく、当初の予定ではダスパさんの所に俺が。オルガさんの所に雪飛さんを加える形を考えていたらしい。
こういう制度が有るのは……まあ、命の危険が常に差し迫っているような部隊なわけだし、試験の成績が良いだけの人間よりかは、昔からの付き合いが有って色んな面において信頼がおける人間の方が良いからなんだろうな。たぶん。
「いずれにしてもだ。一応オルガの奴が父親でもある塔長の説得を試みてくれてはいるが、こうなった以上は正式な試験を受ける以外の道は無いと思っておいた方が良い」
「試験……ですか」
多少気になる文言が混じっていた気もするが、それはさておいて。
ダスパさんの言葉に俺は今までの人生の中で経験してきた試験……と言っても学校や入試のテストぐらいだが、一応それを思い出し、直ぐに比べる意味はさして無いと判断して、頭の中からその考えを振り払った。
異世界で、しかも学業じゃなくて仕事、それも元居た世界で言うなら軍事に関わるような場所だからな。
迂闊な考えは持たない方が良い。
だが次に発せられたダスパさんの言葉には、流石の俺も耳を疑った。
「ああ、しかも試験日は一週間後だ……」
「!?」
「……。どうしてそんな事に?」
俺は若干頬を引き攣らせながらも、ダスパさんに事情を聴く。
「いやな。どうにも俺とオルガがやったお前らの推薦入隊申請が妙な処理をされちまったらしくてな……俺たちの元に通達が来た時点でこうなっていた」
「こうなっていたって……」
「そんな……」
俺は頭が痛くなるのを感じた。
一体どういう処理が為されたら、こんな事になるんだ?
正直に言って、誰かの悪意を感じるぐらいだ。
「まあ、二人ともそこまで心配しなくても大丈夫でやんすよ。流石に処理がおかしいだろって言う事で、あっしの方で例え今回の試験に落ちても、来月以降にもう一度チャンスを貰えるようには交渉しておいたでやんすから。と言うわけで、来週の試験についてはお試し気分で行けばいいんでやんすよ」
「それ、全然慰めになってないですって……」
「一週間後……」
ライさんの言葉は有り難いが、俺の頭痛は取れず、雪飛さんは明らかに落ち込んでいる。
試験の内容がどんなものかは知らないが、流石に一週間でどうこう出来る物とはなぁ……俺には思えない。
「ま、まあ、そんなわけでだ。今日は試験を受けるのに必要な物の手続きをしつつ、外勤の部隊の入隊試験がどんなものなのかと言う説明をしてやる」
「「…………」」
「だ、大丈夫だ!一夜漬けでどうにか出来る分野だってあるし、実際、俺は一夜漬けでどうにかしたからな!だから大丈夫だ!よしっ!出発進行!!」
「「はぁ……」」
何と言うか、俺と雪飛さんの眼前に分厚く高い暗雲が立ち込めている気がしてきた。
----------
「とまあ、こんな感じだな」
「なるほどー」
「ふむふむ」
その後、住所や戸籍の登録に、銀行の口座のようなものとして登録者以外には絶対に使えないようになっている腕輪型の電子通貨入れを貰ったりしながら、試験の内容にダスパさんとライさんの二人に詳しく教えてもらった。
二人に依れば試験の内容は筆記・身体能力・瘴巨人適性・面接・総合の五つだそうだ。
で、まず前提として外勤の部隊と言うのが元々常に人を募集しているような部署なのもあって、五種類の試験の何れかで足きりのラインを割らなければ大丈夫との事。
「筆記については二人とも頭が良いからな。向こうの常識とこっちの常識を擦り合わせと、こっちにしかない瘴気関連の詰めこみだけなら、一週間で十分にやれるだろう」
「あっしらも協力するでやんすから、此処は安心していいでやんすよ」
具体的な内容としては、筆記についてはそこまで重視されないらしく、最低限の知識と常識さえあればいいらしい。
「身体能力については一週間でどうにか出来るもんじゃねえから、内容と身体を痛めないようにするための柔軟体操を教えるぐらいだな」
「まあ、元々あっしらが着ている防護服には身体能力を強化する役割もあるでやんすから、よほどどんくさくない限りは心配しなくていいでやんす」
「うっ……」
身体能力についても、健康的な肉体を持っているなら心配しなくても良さそうだ。
と言っても雪飛さんは色々と不安を抱えているようだったが。
「この内、面接と瘴巨人適性については気にしなくていいでやんす。面接は履歴書に間違いが無いかや過去の犯罪歴が無いかを聞かれる程度でやんすし、瘴巨人適性についてはほぼ完全に個人的な才能でやんすからね。訓練でどうにかなるものではないんでやんす」
「そうなんですか?」
「と言うか、合否にもそこまで関わらないな。実際、瘴巨人については少しでも動かせる人間の方が珍しいぐらいだしな」
「なるほど」
瘴巨人適性と面接についても話を聞く限りでは何とかなりそうではある。
「となると問題は総合って奴ですか?」
「そうだ。総合については試験官が一人の受験者につき一人ついて、それぞれ別の課題を出してくる。だから、当たった相手次第ではかなりきつい試験内容になる事もある」
「そんな試験って有りなんですか?」
「まあ、当たった試験官次第とはいっても、基本的には装備一式を持った状態で持久走とか、自分の武器をひたすら素振りさせるとかで、大抵の場合はきちんとした身体能力が有れば問題ないでやんすからね。全く受からせる気が無い試験を出すと、試験官の方が色々と罰を下されるでやんすし」
で、総合は……普段なら問題は無いのかもしれないが、今回に限ってはかなりヤバい事になりそうな気がした。
わざわざ、あんな通達を出してきたぐらいだからな。
何が有るのか分かった物ではないと思う。
「と、着いたな」
そうやって話をしている間に、様々な手続きは終わり、俺たちは住所として登録している場所……第43層の隅の方に向かって移動をしていたのだが、どうやら着いたらしい。
「ここが、今日からお前ら二人の家になる」
「「!?」」
そして、案内された家を見て俺も雪飛さんも驚いた。
何故か?そんなものは決まっている。
俺たち二人が案内されたのは、どう見ても新婚夫婦が入居するような、小さな二階建ての一軒家だったからである。
03/07誤字訂正