第149話「帰路-2」
『トゥリエ教授!敵に関する出来る限りの情報を手短に頼みます!』
『分かったのじゃ!』
「……」
瘴気の向こう側でエイプが何かをしているのは何となく分かる。
と同時に、こちらに対して狙いを付けている事も。
そのため、現在の状況で攻撃を防ぐために動ける三人……つまり俺、トトリ、ダスパさんは何が起きてもいいように身構えていた。
『タイプ:エイプのミアズマントは、同サイズの人間や瘴巨人を大きく上回る膂力に、起伏が激しい場所でも自由自在に動き回れる機動力。そして、それらを支える為に必要なしなやかさを高い水準で両立させている個体なのじゃ』
「ハル君来るよ!」
「分かってる!」
トトリが警告する音と共に、先程ツリーを投擲してきたであろう位置とは微妙に違う位置を始点として、風切り音が発せられる。
『じゃが、タイプ:エイプの厄介な点はそこではないのじゃ』
「オラァ!」
『!?』
瘴気の向こう側から再び苦悶の感情を表したツリーの姿が現れる。
俺はそれを見て即座に【堅牢なる左】を振り上げ、ツリーの身体の真ん中あたりに当てると、飛んで来たツリーの軌道を大きく跳ね上げる。
『タイプ:エイプが厄介なのは、周囲の環境と敵の位置を正確に把握する状況把握能力。簡単な道具程度ならば問題なく操れる器用さ』
「ハル君!?」
「っつ!?」
直後、俺もトトリも驚きの感情を露わにせざるを得なかった。
「二本目……!?」
『そして、前述した身体能力と、これらの能力を結びつけ、計画的な行動を取る事が可能な知性を有する点』
何故ならば、一本目のツリーの軌道を沿うように現れたのは、二本目のツリーの身体。
そのサイズは明らかに一本目よりも大きく太く、誰の目から見ても本命がどちらなのかは明白だった。
「【苛烈なる右】!」
『それがタイプ:エイプが危険で厄介な点なのじゃ』
俺は咄嗟に【堅牢なる左】を低出力版に切り替えるようとすると、同時に通常出力版の【苛烈なる右】を起動。
「フンッ!」
『!?』
左右の腕が入れ替わるようにその姿を変えていく中で、俺は右腕を突き出してツリーの身体を貫く。
そして、ツリーの動きが止まったところで右手を横に薙ぎ払い、右手の進路上に有ったツリーの身体を分解・吸収しながら俺たちの進路を邪魔しない場所に吹き飛ばすと、俺は【苛烈なる右】を引っ込め、再び【堅牢なる左】の出力を上げる。
「はぁはぁ……」
「ハル君大丈夫!?」
「何とかな……」
『つまり、今のような攻撃を平然とやってくると言う事か……』
無線機から聞こえてくるシーザさんの声は愁いを帯びると同時に、どうすれば現状を打開できるかを悩むような気配も漂わせていた。
『ああそうじゃ。じゃが現状で最も問題なのは、これはあくまでも一般的なタイプ:エイプの特徴であって、轟音を伴う破壊能力と言う能力を一般的なタイプ:エイプは有さないと言う点なのじゃ』
『『『!?』』』
トゥリエ教授の言葉に、その話を聞いていた全員に動揺が走る。
エイプに動きは……直接的な物については今のところは無さそうだな。
『ああそうだった。『テトロイド』側の話じゃ、今俺たちが相手にしているのは、特異個体の可能性が高いって話だったな……』
『熊級の特異個体……周囲の環境や状況も併せて考えたら、この前のフリーよりも遥かにヤバいかもね……』
『くっ……』
「敵!再び動き出しました!速いです!!」
エイプが再び動き出す。
向かってくる先は……俺たちの後方?まさか!?
「ちいっ!ダスパさん!」
『っつ!?そう言う事か!任せろ!』
『ハル!?』
『ハル君!?』
俺は瘴集ベルトの尻尾に沿うように改めて【不抜なる下】を起動すると、キャリアーの後方に向かって跳躍する。
すると、【不抜なる下】の脚部分に生じている奇妙な抵抗もあって、俺の身体に存在していた慣性は一瞬にして消滅し、瞬く間に俺の下をトトリが、第3小隊のキャリアーが、ダスパさんが通り抜けていく。
『ウホオオォォウホウ!』
「【堅牢なる左】!」
直後、エイプのものと思しき鳴き声が聞こえてくるのと共に、俺の正面からツリーの身体がまるで投槍のように、根の方を先端として飛んでくる。
対する俺は【堅牢なる左】を起動。
左腕を一振りして、飛んできたツリーの身体を道の脇に向かって弾き飛ばす。
そして……
『ウォウウォウ!』
「ダスパさん!」
『おう!』
エイプが瘴気の向こう側から俺の元に向かって跳躍し、俺の身体をその太い腕に見合った拳で叩き潰そうとした瞬間。
『いくぞ!』
「グッ!?」
『ウホォウ?』
【不抜なる下】の尻尾をダスパさんが掴み、俺の身体を一気に引っ張る。
そして、一瞬だけエイプの姿を視界に捉え、直後にエイプの攻撃によって巻き上げられた砂埃でその姿を見失った俺は、そこから【堅牢なる左】と【苛烈なる右】を使って第3小隊のキャリアーまで戻ってくると、第3小隊のキャリアーの天井に移動する。
「アレが……エイプか」
「なんて野郎だ……」
俺は一瞬だけ見えたエイプの姿を頭の中で反芻する。
エイプは、周囲のツリーの幹と比べても遜色が無さそうなほどに太い四肢と、立派な胸板、そして、太さ以外は人の物と変わらないように見える指を備えていた。
その姿から、俺が元居た世界で近い物を上げるのならば、ゴリラに近いだろうか。
尤も、俺の世界の何処を探しても、全身が金属で出来たゴリラなどと言う物は……うん。ファンタジーやフィクションの世界にしか居ないはずだ。
『セブ。可能な限り速度を上げるぞ。第3小隊もそれで頼む』
『分かりました』
『はい』
二台のキャリアーの速度が明らかに上がり、揺れが酷くなる。
が、この程度なら【不抜なる下】をしっかりと発動しておけば大丈夫だろう。
いずれにしてもだ。
『残念だが、今の私たちに出来るのは逃げの一手だけだ。すまないが、ハル、トトリ、ダスパ隊長。頼んだぞ』
『言われなくても!』
「任せておけ」
「分かってます」
今はただひたすらに逃げる他に、俺たちが採れる選択肢は無かった。




