第145話「シェルター-12」
「さてと、ここらでいいか」
「そうだね。拠点から私たちの姿も見えているし、これぐらいで良いと思うよ」
拠点の外に出た俺とワンスの二人は、【堅牢なる左】によって視界を確保すると、今日も拠点の門番を務めているクレストさんの視界にギリギリ収まる程度に拠点から離れる。
うん。これぐらい離れていれば、俺たちと拠点のどちらかに何かがあっても大丈夫だろう。
「じゃ、まずはこっちからだな」
「確か、瘴気の吸収範囲を広げるための装備だったね」
「そうそう」
俺は腰に着けているベルトのような物体から、【堅牢なる左】も利用して10m以上は間違いなくある細い線のような物を引き出すと、まっすぐに伸ばし、目に見えて瘴気の薄まっている範囲の外にまでその線が出るようにする。
「へえ、きちんと効果が有るみたいだね」
「だな。流石はミスリさんだ」
すると、細い線の中を何かが循環し始め、それに合わせるように瘴気の薄まっている範囲が変形。
元々の俺の能力による瘴気吸収範囲が僅かに狭まるのと共に、細い線の周囲の瘴気濃度が下がり始める。
「よし。瘴集ベルトは問題なく機能……っと」
さて、俺が今身に着け、細い線を尻尾のように伸ばしている装備だが、これは瘴集ベルトと言い、俺の【堅牢なる左】【苛烈なる右】の同時発動に関するコスト問題対策の一つとして、ミスリさんが設計・開発してくれた装備である。
尤も、今俺の手元に在るのは試作品で、今回の調査任務に持ってきた理由も、試作品を試す機会が有るならば、試しに使ってみようと言う程度の物であるが。
「それじゃあワンス」
「ああ。カメラの方はもう準備済みだから、何時でもいいよ」
で、ここからが本番である。
俺はワンスが対俺の低出力版能力用のカメラを準備し終えたのを確認すると同時に、周囲に不審な物音や、奇妙な気配を発する存在が居ない事を確かめる。
「すぅ……はぁ……」
そして一度深呼吸。
新たな力を使うための準備として、自分の中の力に意識を向けると同時に、戦いの時のように精神を昂らせていく。
「すぅ……」
肩幅より少し広い程度に両脚を広げ、大地をしっかりと捉えるかのように足に力を込める。
『感情値の閾値突破を確認しました。プログラム・ハルハノイOSを起動します』
この力に求められるのは決して退かぬと言う決意。
どれほど激しい攻撃に晒されようとも、自らの後ろに居る者たちの為に、立ち続ける為の力。
「はぁ……」
俺はより確実な制御をするために【堅牢なる左】を消す。
「すぅ……」
『体内と周辺の魔力、物質、状況を走査します。状況把握。魔力、物質共に十全。ユーザーからのオーダーを受理。オーダーに従って低出力モードにて起動をします』
うん。行ける。これならいける。
問題なく行ける。
『プログラム【不抜なる下】Ver.Lの起動準備完了』
「来るね」
ワンスも発動する事を察してか、幾らか距離を取る。
「はっ!」
『【不抜なる下】起動』
俺が勢いを付けるために発した声と同時に、俺の身体から力が放出される。
放出された力は見えない何かになり、俺の腰から下を覆うようにその形を変える。
俺の右脚を見えない何かが覆い、地面にその見えない何かが突き立てられる。
俺の左足も同じように見えない何かが覆い、しっかりと地面を掴む。
そして、腰の辺りに向かった力は、瘴集ベルトから伸びる細い線を覆うようにその力を伸ばしていき、やがては瘴集ベルトから伸びた細い線を芯の様にして、まるで尻尾のような見えない何かが形成される。
「うしっ。発動成功」
「これがハルの新しい力。【不抜なる下】……」
無事、発動する事に成功したことを認識した俺は小さくガッツポーズをする。
と同時に、ワンスの様子を窺って見るが、どうやらワンスは例のカメラでもって【不抜なる下】がどういう形態をとっているかを確認しているようで、何度も俺の腰から【不抜なる下】の尻尾部分の先端までを見返していた。
「何と言うか、長い尻尾……って感じみたいだね。一応、ハルの両脚も守るように覆っているみたいだけど」
「あー、それは確かにそうかもな」
確認が終わったのか、ワンスが【不抜なる下】の感想を言ってくる。
が、その感想に対して一応の反論をしておくとだ。
「ただ一応言っておくと、尻尾の方がおまけで、メインは両脚の方っぽいぞ」
「そうは見えないけどねぇ」
「まあ、【堅牢なる左】【苛烈なる右】に比べて明らかに短いし、そう捉えられてもしょうがないとは思うけどな」
あくまでも【不抜なる下】の主機能は両脚の方に有って、尻尾は各種用途に用いるのに便利なおまけ程度でしかなかったりする。
まあ、そのおまけのおかげで、瘴集ベルトの無駄に長くて邪魔とまで言う事になってしまった細い管のデメリットが、【不抜なる下】の尻尾が現在どこに在るかを示してくれると言うメリットになり、断線の心配もしなくて済むようになったわけだが。
「一応聞いておくけど、尻尾の部分もハルが自由に動かせるのかい?」
「ああ、それは問題なく動かせる」
俺はワンスの求めに応じる形で【不抜なる下】の尻尾を上下左右に動かして見せる。
で、動かしてみて気付いたのだが、何となく尻尾の先端が重くなっている感じがするので、敵に叩きつけて攻撃するぐらいの事は出来そうだった。
うん。中々に便利かもしれない。
「なるほどね。じゃあ……時間もいい所だし、そろそろ戻ろうか」
「そうだな。使い方は何となく分かっているし、後は昼飯までに口頭で説明すれば問題ないと思う」
「じゃあ、戻ろうか」
「そうだな」
その後、【不抜なる下】と【堅牢なる左】の併用が可能か等を調べた俺とワンスは一度頷き合うと、【不抜なる下】とカメラの機能を停止して拠点の中に戻る事にするのだった。
07/16誤字訂正