第133話「調査任務-9」
「ほいよっと」
俺は先程と同じように、【苛烈なる右】で出来る限り根っこを残した状態で活動を停止したツリーを引き抜くと、適当にキャリアーの進路に関係無い場所に向かって投げ飛ばす。
「よし行くぞ」
「分かりました」
で、再びキャリアーに乗り込むと、ゆっくり山道を走り出す。
「やっぱり相手の種類が決まっているって言うのは、戦い易くていいな」
『そうじゃな。対策が一つで足りると言うのは、色々と楽じゃろう』
さて、現在の状況だが、何度か道を塞いでいるツリーを倒して処分し、峠も無事に越えた所である。
そのため、今まではずっと登り道だった山道も、下り道に変化し、視界もかなり開けて良くなっている。
『この分なら、今日中に山を越えて調査場所に辿り着けそうだな』
『予備日を使わずに……と言うよりは、食料を残しておけるのは良い事だね』
ふむ。キャリアーの中の話を聞く限りだが、計画では調査場所に行くまでは三日かける予定になっていたところを、今のペースなら今日中に着く事も可能らしい。
まあ、元々行きの三日目は予備日だしな。
三日かからないパターンもあって当然か。
「ん?雨か?」
と、俺は自分の兜に何かが当たる感覚を受けて空を見上げる。
すると、瘴気を裂くように雨粒が落ちて来て、俺のフェイスカバーに当たる。
『雨だと。間違いないのか?ハル』
「間違いないです。たぶん、そっちからでも運転席の窓を見れば分かると思いますけど」
『うん。ハル様の言うとおり、少しずつ降ってきているよ』
『ちっ、厄介だね』
無線機からシーザさんとワンスの緊迫した声が聞こえてくる。
だがそれも当然だろう。
この世界……いや、正確に言えば、外勤部隊では雨は恐怖の対象だ。
その恐怖を、俺たちよりも遥かに長く外勤部隊に務めている二人が知らないはずがない。
『ハル。トトリ。ダスパさん。分かっているとは思うが……』
「仮に雨が降っている間に敵の襲撃が有った場合には、俺たちだけで対応する事。でしょ。分かっていますって」
『ハル。トトリ。アタシたちの分も頼んだよ』
「うん。任せて」
その恐怖とは、降ってきた雨が瘴境を通過した時点で空気中の瘴気を吸って瘴液に変化し、地上に降り注ぐ事。
そして、瘴液には多くのタンパク質を分解する形態性質がある事も忘れてはいけない。
これらの要素が組み合わさるとどうなるのか……結果については考えるまでもないだろう。
『分かっているとは思いますが、仮にキャリアーが使えなくなった時には、雨に濡れない事を第一に考えてください』
『防護服の撥水機能はそこまで信頼できるものじゃないしな』
勿論、俺が着用しているものも含めて、防護服には撥水加工が施されている。
が、コルチさんが言ったように、この機能はそこまで信頼出来る物ではなく、はっきり言ってしまえば、いざと言う時に雨宿りが出来る場所まで逃げ込むための時間稼ぎであり、雨が降る中で戦闘をする事は考えられていない物である。
それ故に、俺のような特殊な人間はさて置いて、一度雨が降ってしまえば、雨が止むまでの間は基本的には瘴巨人とキャリアーだけでミアズマントに対応するしかなくなってしまうのである。
「と、雷か」
そうして、徐々に雨が強くなってきた頃。
俺の耳が微かな雷鳴を捉える。
うん。これは逆にありがたいな。
と言うのも、雨だけならば殆どのミアズマントは特に気にせず行動を続けるが、雷が落ちてくるかもしれないとなると、ほぼ全てのミアズマントがその場から逃げ出し、安全な場所に逃れようとするのだ。
どうにも、流石のミアズマントと言えでも、雷が直撃したりすればただでは済まないらしい。
『ーーーーー!』
「うん?声?」
『ふむ。恐らくは南の道に居ると言う大きな音を発していた何かじゃろうな』
『そうですね。似ている感じがします』
と、今度は雷鳴と同時に何かの生物のような声が聞こえてくる。
外部マイクで同じ声を聞いていたと思しき、トゥリエ教授とニースさんの話から察するに、ダスパさんたちの話に出ていた何か……恐らくは熊級か悪魔級のミアズマントの叫び声らしい。
いずれにしても、これだけ遠くに居ても聞こえるような相手だ。
並大抵のミアズマントでは無さそうであるし、戦わずに済むのは良い事だな。
『ハル様。周囲の壁とかに土砂崩れの前兆みたいなものは見えますか?』
「いや、今のところは見えないな」
『ありがとうございます』
加えて、このルートだとタイプ:ツリーのおかげで、土砂崩れの心配が少ないと言うのも良い点だろう。
どうにも他のルートの中には、土砂崩れを起こして通れなくなっているルートもあると言うし、場合によってはミアズマントに食い荒らされて脆くなっている場所とかもあるだろうしな。
うん。やっぱり安全に行くと言う意味では、このルートが一番の正解だったのかもしれないな。
『と、もうすぐ山道が終わりますね』
『よし。目的地まで後もう少しだ。このまま目的地にまで移動してしまおう』
『分かりました』
やがて、急だったり凸凹だったりする山道は終わり、平坦で舗装された道が俺たちの前に現れる。
それはつまり、ファーティシド山脈を俺たちが無事に越えた証でもあった。
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