第128話「調査任務-4」
『ォォォ……』
「ん?」
それからしばらく経った頃だった。
旧市街を快調に走るキャリアーの上で周囲を警戒していた俺の耳に、不意に何かの生物の声のような物がかなり遠くから、僅かに聞こえてくる。
『どうした?』
「いや、何かの鳴き声のような物が聞こえたんですけど……」
俺は鳴き声を発した何かが居ると思しき方向に注意を向ける。
が、少なくとも俺の視界で捉えられる範囲には、鳴き声を発する存在は居なさそうだった。
ただ、俺が向いた方向に有るはずの物で、一つ心当たりはあった。
『ふむ。場所が場所じゃし、恐らくは例の旧市街に居座っている竜級ミアズマント・タイプ:ドラゴンこと、吠竜の声じゃな』
「……」
そして、俺の心当たりを肯定するトゥリエ教授の声も耳の無線機から聞こえてきた。
そう。俺が向いた方向には、奴が居た。
この世界にやってきた俺が最初に遭遇し、危うく噛み砕かれかねなかったあの竜……いや、ミアズマントが。
『ここまで咆哮が聞こえてくる事が有るのかい?』
『いや、普通は聞こえないはずじゃ。恐らくじゃが、ハルの場合だと防護服を着ていない上に、耳が特別良いのじゃろう』
『そう言えば、ハル君って私たちに比べて、音で気づくのが早いかも』
『瘴気による身体強化の一端ってところか』
で、うん。今更な話ではあるが、やはり俺の聴覚は相当強化されているらしい。
「トゥリエ教授」
『なんじゃ?』
本当に今更な話であるし、今は俺の方からトゥリエ教授に聞きたい事が有るので無視させてもらうが。
「例の竜級……吠竜でしたっけ。奴について聞いても?」
『ふむ。今はまだ25番塔、26番塔、27番塔の三塔合同による調査中なんじゃが……』
『『『……』』』
無線機からトゥリエ教授の悩ましげな声が聞こえるだけでなく、他の皆も気になっているのか、トゥリエ教授に期待するような息遣いが聞こえてくる。
『まあ、どうせこの場に居るのは、討伐作戦が決行される際には間違いなく討伐班に加わる人間ばかりじゃしな。話しても問題は無いじゃろう』
「ありがとうございます」
『いや、重ね重ね言っておくが、まだ調査中じゃからな。よって、信頼性は微妙なのじゃ。と言うわけでじゃ。今から話す話をこの場に居ない誰かに話すのは謹んで欲しいのじゃ』
『だそうです。皆さんよろしいですね』
トゥリエ教授とニースさんの言葉に全員が了承の旨を返していく。
そして、全員の了承が取れたところで、トゥリエ教授が話し始める。
『さて、現在ダイオークス西北西の旧市街をねぐらにしておる竜級ミアズマント・タイプ:ドラゴン。通称『吠竜』じゃが、こやつは身体能力面を見ただけでも、かなり強力なミアズマントなのじゃ』
「……」
『と言うのも、ハルが目撃したように、こやつは瘴金属化したことによって並のミアズマントでは歯が立たない程に強度が上昇した鉄筋コンクリート製の建物でも平然と噛み砕ける顎。その顎に匹敵する力を有する爪のほか、短時間ならば空を飛ぶことが可能である翼に、並の武器どころか対ミアズマント用の高熱ブレードですら刃が通らない鱗。そして、下手なビルなら一振りで倒壊させてみせる尾を保有しておるのじゃ』
トゥリエ教授の言葉に、俺は最初に出会った時の事を思い出す。
確かにあの時吠竜は何の問題も無く、俺が最初に居た部屋ごとビルを食べていた。
そして、トゥリエ教授の言葉が正しいのならば、マトモに正面から当たっても、手傷を負わせることは出来ないように感じる。
『で、吠竜の特徴じゃが、先程ハルが聞いた咆哮が特徴の一つなのじゃ』
「?」
『理由は分からない……まあ、狼のように縄張りを主張するか、イルカのように仲間との連絡を取っているのか、蝙蝠のように音で獲物を探っている辺りだとは思うのじゃが、とにかく吠竜はよく吠えるのじゃ』
で、トゥリエ教授に言われて思い出したのが、確かに初めて遭遇した時にも吠竜はよく吠えていた気がする。
それこそ、自分の存在を誇示するかのようにだ。
そうやって俺がトゥリエ教授の言葉に、心の中で頷いている時だった。
『それで吠竜のもう一つの特徴じゃが……ぶっちゃけ、あやつはかなりのぐうたらなのじゃ。それこそ通称がグータラ竜になりかねなかったほどに』
『『『……』』』
「へ?」
どう考えても俺の中の吠竜と結びつかないような情報がトゥリエ教授の口から出てきたのは。
そして、当然のことながら皆も困惑しているようだった。
『いやな、あくまでも吾輩のところに上がってきた情報によると何じゃがな。どうにも吠竜は食事と咆哮をする時以外は、常にねぐらで眠り続けているようなのじゃ。しかも、調査班が吠竜の間近に迫って、攻撃を仕掛けようとするまでの間、ずっと眠り続けるほどに眠りも深いのじゃ』
「…………」
が、事実らしい。
うん。これはぐうたら認定もやむを得ないと思う。
生き物と見ればらしいと言える行動なのかもしれないが、それにしたって自堕落すぎる。
まあ、とりあえず通称がグータラ竜にならなかった事についてはよかったと思っておこう。
吠竜とグータラ竜じゃ、狩る側の気持ちにも差が出るだろうし。
『で、現在は吠竜を討伐するために必要な情報……つまりは弱点の所在に、特殊な能力の有無についての調査を慎重に行っている最中なのじゃ』
「えーとつまり……」
『話はこれで仕舞いと言う事になるのじゃ。まあ、いずれ討伐する時が来たならば、その時にでも詳しい生態と能力について話す事になるはずなのじゃ』
で、吠竜に関する話はこれでお終いらしい。
まだ調査中なので、仕方がないと言えば仕方がないか。
『それにじゃ……』
『ああ。そろそろだな。全員準備をしておくように』
「と、もうか」
それに、どうやらもうすぐ今日の目標にキャリアーが到達するらしい。
キャリアーの中が慌ただしくなると同時に、徐々に周囲の建物の影がまばらかつ崩れた物になっていく中で、俺の視界にしっかりとした影が映り込み始めていた。
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